2013年の納豆製造許可施設数

厚生労働省が公表した「衛生行政報告例」のうち、2013年3月末現在の許可を要する食品関係営業施設数を見ると、全国の納豆製造許可施設数は580。前年より20施設の減少を示した(地図参照)。年度中の新規営業許可施設数は前年より7施設減らしての14施設、同じく廃業施設数は5施設減らしての33施設となっている。



前回の調査結果(2012年3月末現在)では、施設数が前々年より増加していたのだが、それは豆腐同様に東日本大震災の影響により宮城県および福島県の一部地域から報告表の提出が不可能な状況となっていた年(2011)との比較であるから。前々年はそれら一部地域の数値が含まれていなかったこと、前年は宮城県において許可施設数が22も増加したことなどを鑑みると、豆腐ほど目立ってはいないが、納豆の製造許可施設数も減少傾向にあると言ってよいだろう。

都道府県別で見ると、茨城が2年連続のトップを飾る47施設と“納豆の本場”の貫禄を見せつけた。北海道が46施設で背後に迫っている。40施設台はこの2道県で、30施設台が青森(37施設)、福島(同)、新潟(35施設)、熊本(30施設)の4県。東高西低のイメージが顕著な納豆だが、古くから納豆人気の高い熊本が九州勢で独り気を吐いている。

20施設台に山形(26施設)、栃木(同)、宮城(25施設)の3県。10施設台は京都(17施設)、岩手(16施設)、群馬(同)、兵庫(同)、埼玉(14施設)、東京(同)、福岡(同)、秋田(13施設)、静岡(12施設)、千葉(11施設)、長野(同)──の11都府県といった顔ぶれ。

施設数の増加については、宮城以外でプラスとしたのは青森、福井の2県のみで、いずれも1施設増。前年比減としたのは15都道県で、福島の3施設が最大下げ幅に当たる。北海道、茨城、宮城、新潟、愛媛が2施設ずつ減少している。

ちなみに統計データの上がっている都市別(計61市)で見ると、新潟、京都市の11施設が最多。以下、いわき、仙台、さいたま、熊本市の4施設、札幌、宇都宮、横浜、川崎、長野、静岡、和歌山市の3施設が後続する。施設数の増減で見ていくと、増加した市はゼロ。最大下げ幅は松山市の2施設。
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糸を引かない納豆

公開特許公報から「糸が切れる納豆」(特開2013-192525)を紹介しよう。発明者にして出願人の小林正幸氏(広島・福山市)が掲げた課題は「粘る納豆は必ずしも食べる味わいを豊かにはしない。たれを多く使い、水浸しの納豆ではいささか食欲がそがれることもある。これら糸を引き食べにくい納豆の、糸切れをよくし、より食べやすくする」ことだった。たれを多量に使えば、糸を引きにくくなるが、水っぽくなってよろしくない。というのであれば、従来のたれ以外に活路を求めることになる。

小林氏の解決手段は「納豆や調味料などに油脂を混入する。たれを水分過剰の状態にして食することなく、サラダ油や、クリームなど油脂成分を添加することで糸切れは大幅に改善される。納豆をパンなどのブレッドペーストに使用することもできる」というもの。具体的には、調味料として使用するたれなどに、サラダ油など油脂を適量、添加するか、納豆に直接散布するという具合になる。粘りを作り出す分子に油の幕を張り、分子間の結合の邪魔をすることで、粘りの糸を切り、軽快に食べられる、というのだが……。

納豆そのもの、あるいは調味料などに油脂を添加することで、格段に納豆の糸引きは阻害される。が、課題そのものが問題なのではないか、と言わないまでも、非常に興味深いものであることは確かだ。小林氏も念を押すように「納豆の粘る糸はひとつの魅力でもあるが」と断っている。それでも「食べにくいと感じるものでもある」として、「この粘る糸を切断し食べやすくする」ことに取り組んだのである。その結果、糸引きを味わう旧来の納豆ではなく、糸を引かないブレッド・ペーストとしての使用法にも思い至っている。

ところで、「全国納豆鑑評会」での評価項目は、形(外観)・色・香り・味に、糸引きも入って5項目。糸を引くことが良い納豆としてのプラス評価につながっている訳だ。また、北海道や東北地方を中心に、納豆に砂糖(や塩)をわざわざ入れて、糸引きをよくしようという人だっている。納豆が糸を引くのは「当たり前」と思い、糸引きこそ納豆の美点という観念がまだまだ根強い一方、次代の納豆に対する受け入れ方、感性もはぐくまれつつあるようだ。不易流行の伝統食品であるからこそ、本質に関わらない要素は捨象できるということかもしれない。

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法王子と納豆売り

曹洞宗から派生した教団に「法王教」なるものがある。高田道見(1858〜1923)が明治後期から大正期にかけて推し進めた布教運動で、彼は大正期に入ってから曹洞宗の教義に拘泥せず、月刊誌や講演会を通して、在家仏教の振興に力を注いだ。自身の活動を「法王大聖釈迦牟尼仏の本旨に基づく仏教」という意味で「法王教」と名付けていた。「法王子」は高田道見の別号で、当時刊行された『近世高僧逸話』には、「法王子と納豆賣」というエピソードが収められている。

法王教の布教に奔走する道見は、伊予国新居郡(現・愛媛県新居浜市)仏国山をベースにしながらも、出版・講演活動の拠点となる「仏教新聞社」主宰として、東京にも席を置いていた。夏は伊予で過ごし、冬は東京で過ごす。毎年4〜5月に愛媛へ帰り、10月頃になると東京へ舞い戻る。東京へ行くのも、愛媛へ行くのも「帰る」とは言うが、腰を下ろしたところが「家郷」のようなものだし、どんなところにでも腰を落ち着けて住まうことができるから、「自分が『行く』のは『往く』のか『還る』のか区別がつかない」とぼやいて、大笑いしたらしい。

それほど忙しい道見が掲げた座額には「生死事大無常迅速、事終わらば速やかに去れ」と大書され、長居する客を警戒していたのだろう。それを目にした或る客人、「私は別段の“事”もなく来たのだから、去る必要もないだろう」と皮肉交じりの冗談を飛ばして、高田道見を非常に困らせたそうだ。ともあれ、多忙を極めるも、四六時中、筆と紙を手放さない道見は、著述あるいは弁舌により、世間の一人でも多くの者に己の教えを説き、伝えたかったのだ。

或る朝、道見の門弟が朝のあいさつにうかがったところ、ちょうど門の外を納豆売りが通りかかり、糸より細い売り声が耳に入った。道見は門弟に語った。「あの納豆売りは、この寒空に声を枯らし、毎朝東から西、西から南へと八百八町の東京を売り歩いているが、その納豆を買ってくれる真の同情者は、果たして何人いることやら……私が盛んに説教するのも同じことだ。筆が擦り切れるまで、舌が腫れ上がるまで伝道しても、本当に私の教えを理解してくれるのは片手で数えられるくらいではないか。しかし、その一人でも見つかれば、目的は達せられたとしなければならない」。悲痛な覚悟である。

参考文献:上館全霊『近世高僧逸話』(仏教館)

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テンペの栄養特性

日本テンペ研究会では今夏、『テンペの食べ方ノート』を発行している。テンペの単なるレシピ集でなく、テンペの基本知識などを伝える啓蒙書でもあるが、中でも改めてテンペの栄養特性について、7つのポイントを押さえておこう。掲載のは「五訂増補日本食品標準成分表」から抜粋した数値である。

1. 原料大豆より栄養価が高い。原料である大豆自体、栄養特性は優れているが、無塩発酵大豆食品のテンペでは、さらに栄養価が高まっている。たんぱく質含量は大豆と同等ながら、ビタミンB群や食物繊維において大幅な増加を示す。

2. 低脂肪でミネラルが豊富。テンペと牛肉と比較すると、たんぱく質含量はほぼ同じだが、脂質含量が低いため、カロリーを抑えつつ、カルシウム、マグネシウムなどのミネラルを摂取することが可能となる。

3. 現代人の食生活を改善する食物繊維を多く含む。高脂肪 ・ 低繊維食の傾向にある現代人の食生活を、テンペに含まれる食物繊維で改善し得る。テンペによって、より質の高い食生活を維持し、生活習慣病の予防効果が期待される。

4. コレステロールやナトリウムを含まない。コレステロールやナトリウムを含まないテンペは、脂質異常症、動脈硬化症や高血圧の発症予防、改善に役立つ。減塩レシピとしても利用でき、多分のカリウムはナトリウム排泄につながる。

5. 妊娠を計画する女性に必要な葉酸の供給源。妊娠女性における葉酸の不足は、胎児の発育に深刻な影響を及ぼす。テンペは発酵によって葉酸含量が高くなっているので、その供給源として妊婦らに役立てられる。

6. 発酵により、消化されやすい栄養成分、健康機能成分が増加。テンペのたんぱく質は酵素の働きで一部アミノ酸に、脂肪も脂肪酸に分解され、吸収しやすくなる(イソフラボンもアグリコン型に)。幼児や高齢者、女性らにとって有用。

7. その他、健康の維持増進、疾病予防効果が期待される。ほかにも抗酸化作用や抗菌作用、発がんや高血糖に対する抑制作用など、多くの効果が期待されている。

テンペと他の食品との栄養価の比較

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納豆ヒーローが生まれた日

7月10日は「納豆の日」。全国納豆協同組合連合会では、本年度の納豆クイーンに女優の宮崎香蓮さん(本来の表記は「宮﨑香蓮」です)を選出し、岩手・三陸鉄道で「納豆列車」を運行させるなど、様々なPR活動を展開している。2013年度納豆クイーン表彰式は7月3日に執り行われたが、同じ会場で、納豆食推進の親善大使「ミス納豆」6代目が紹介されるとともに、ウルトラマンもやって来た(正確に記すと、初代ウルトラマンウルトラマンナイス)。円谷プロダクションが創立50周年を迎えたことと、ウルトラマンがブラウン管に初登場したのがやはり7月10日であったことから、ウルトラマンには「納豆ヒーロー賞」が授与されている。

特殊撮影技術、いわゆる“特撮”で知られる円谷プロは、映画会社・東宝出身の円谷英二が1963年4月12日に「円谷特技プロダクション」として創設した。誰もが知っているウルトラマンに代表される特撮番組は、平成に入ってからも同シリーズが復活するなど、大人から子供まで楽しめるクオリティーが売りだったが、そのための制作費が悩みの種で、制作本数が増えれば増えるほど赤字が累積するという構造的欠陥に付きまとわれていた。故に現状、経営母体は創業者の円谷一族の手を離れ、パチンコ・パチスロ機を扱うフィールズ・グループの下にある。

円谷プロ最大のヒット作「ウルトラマン」は正式名称「ウルトラマン 空想特撮シリーズ」。「シリーズ」とあるように「ウルトラQ」の続編であり、1966年7月17日から翌1967年4月9日まで全39話がTBS系列で放映された。では、7月10日は何?という疑問も出てくるだろう。撮影の進行が大幅に遅れて間に合わなかったという大人の事情はさておき、まだ当時は馴染みの薄かった空想特撮ドラマを一般視聴者にアピールしようとの思惑から、「ウルトラマン前夜祭 ウルトラマン誕生」なる特別番組が打たれた訳。そのため、7月10日がウルトラマンお茶の間初登場の日とされているのだ。

ちなみに、ウルトラマンと共に表彰式会場に登場した「ウルトラマンナイス」は、1999年に放送された「ウルトラマンティガ」の再放映枠内で、スポンサー企業バンダイのインフォマーシャルとして毎回1分間だけ展開されていたウルトラ作品。地球上の玩具を狙う宇宙人や怪獣から日本の平和を守るというコミカルな設定だったが、玩具のCM担当という役割を担っていただけに、納豆であれ何であれ、PR活動を行うには打ってつけの人選(?)かもしれない。

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納豆菌+卯の花

豆腐を製造する際の副産物として必然的に毎日生み出されるおからは、産業廃棄物と認定されている(2007年9月 「おから裁判」参照)。大半が産業廃棄物として処理されているおからを、長時間屋外に放置するとその有用な繊維、たんぱく質、脂肪が腐敗して悪臭を放つなど、公害の要因になる。おからは食物繊維が多く、少量ながらもたんぱく質、脂肪を含むことから、食用や飼料としてさらなる消費、また、それ以外での新たな消費形態が望まれているのは周知のところ。今回、紹介するおからの新たな活用法は、おから(卯の花)に納豆菌を着床させて製造する「納豆菌つき卯の花」だ。

この「納豆菌つき卯の花」(特開2012-217374)を熟成させた物を、作陶用の粘土を扱うのと同じ要領で、十分に粘り気が出るまでよくこね、植木鉢の形や小豆球、駒形に加工し、用途に合わせて乾燥、あるいは乾燥して陶器様に焼成した加工品を作ることも併せて提案されている。出願人は山岡健さん(福岡県古賀市)。

おからに納豆菌を付与する目的で、納豆菌を着床させて保温し、発酵させ、さらに時間をかけて熟成させたことを特徴とする「納豆菌つき卯の花」の製造方法では、まず納豆菌の着床を容易にする目的で、卯の花に熱い水蒸気を吹き付ける。柔軟にすると同時に、吹き付ける水蒸気の圧力で卯の花をほぐし、コンテナに薄く広げた後、納豆菌を振りかけて保温し、発酵させ、さらに時間をかけて熟成させる。これだけでも、保水材や水の浄化材の原材料として利用できる。

「納豆菌つき卯の花」の取り扱いをより容易にする目的で、熟成後、粘土様になるまでよくこねて、小豆形、正方形、駒形などに形成し、乾燥させる。形成の際に、播種用の野菜の種、花の種などを内包させて乾燥させたり、植木鉢の形に焼成した加工品に苗を植え付けたりして、育苗や播種などの農作業に利用。種まきや苗の移植を手作業から機械作業に容易に移行できるという。当然、長時間、屋外に放置されると腐敗して悪臭を放つなどの公害の要因は軽減されている。

「納豆菌つき卯の花」自体の利用価値、産業廃棄物として処理されるおからの量の削減だけでなく、植木鉢や育苗ポッドなど「納豆菌つき卯の花」の加工品は、廃棄後も土壌に還元できるので、環境にも優しいとアピール。また、おからに散布する納豆菌の代わりに「納豆菌つき卯の花」も使用でき、リサイクル製造も可能になるようだ。

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戦中納豆は「豆腐並み」を陳情する

戦時色深まる昭和15年(1940)10月、「大豆及び大豆油等統制規制」により、大豆の統制・配給が始まった。先に「輸出入品等臨時措置法」(昭和12年9月10日)の公布に伴う「雑穀類配給統制規制」で、小豆、菜豆、えん豆、緑豆、蚕豆は既に統制済みだった。各納豆生産県ごとに納豆組合が発足していたとはいえ、全国組織の結成も要請されるところ。同年10月10日に「全国納豆工業組合聯合会」が設立されている。聯合会は原料大豆の配給斡旋を行っていたが、政府が昭和15年に内地産大豆の集荷配給統制を実施したことから、原料大豆の確保のため、「全国納豆工業組合協会」(全納協)の設立に至る。

原料大豆を獲得するために、当時の全納協(三浦二郎会長)は農林省に対して「大豆配給割当について」の陳情を行っている。ちょうど太平洋戦争が勃発して2日後だったという。納豆業界の命運の懸かった陳情の要旨には、「納豆ヲ豆腐ト同等ニ認ムル理」と題打たれている。原料大豆を統制されての苦境に立たされていたのは、豆腐業界も同様であったが、納豆については豆腐よりも深刻な状況に置かれていたため、「せめて豆腐と同等の扱いを!」と求めていたらしい。

その後、納豆がいかに優れた大豆発酵食品であるかを縷々と述べている。曰く「豆腐ノ蛋白質十匁ノ価格十四銭ニシテ納豆ハ九銭八厘ナリ」「大豆ノ全成分ヲ保有シ而カルモソレカ消化ニ易キ状態ニアリ」「納豆ハ保存ニ適シ携帯ニ便ナリ」「納豆ハ食用簡便ニシテ塩ニテ調味食用スルヲ得」「故ニ場合ニヨリテハ頗ル便宜ナル食品ナリ」と誇る。

1匁を3.75グラムと見なし、10匁は37.5グラム。当時の豆腐や納豆と現今のものとで、たんぱく質含有量が同じものと仮定すれば、「五訂日本食品標準成分表」から木綿豆腐(100グラム当たり6.6グラム)、糸引き納豆(同16.5グラム)の数値を代入して、約568グラムの豆腐が14銭、約227グラムの納豆が9銭8厘という概算になる……ちなみに昭和19年(1944)の豆腐は10銭(1丁100匁=375グラム程度)というから、当たらずとも遠からずか?

総務省統計局の「小売価格調査」などにより、100グラム当たり(あるいは45グラム×3個など)の価格での比較は慣れているが、たんぱく質含有量による価格の比較という着眼点はなかなか斬新に思われる。量目を現在の小売価格調査にそろえてみると、当時の豆腐は100グラム当たり約2銭5厘、納豆は135グラム(45グラム×3個)当たり約5銭8厘。他にも納豆の美点を枚挙した上で、全納協の農林省への陳情は「納豆ハ豆腐ニ優ルトモ劣ラサル食物ナルコトヲ信スルモノナリ」と締めくくられている。

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京北の納豆もち

自分の生まれ育った地域に根差した伝統食品を「ソウル・フード」と呼ぶならば、京都・京北地域の納豆もちもまた立派なソウル・フードであろう。以前、青木正児の記した「陶然亭」で供された納豆餅について触れた(2012年9月「『陶然亭』の納豆餅」参照)。「餅を搗く際糸引納豆と塩とを入れて搗きまぜるのだとも聞くが、そうしなくとも納豆を芥子と醤油とで味をしておいて、焼餅に付けて食べても至極結構である」と、極めて融通の利く製法だった。「京北・納豆フォーラム」などで知られる京北地域の納豆もちは、いかがなものか、ざっくりと調べてみよう。

京北地域は「納豆発祥の地」といわれるだけあって、子守唄の歌詞に納豆が登場するなど、地域全体で古くから納豆に親しんできた。納豆もちの場合、正月三が日に必ず食される物である。「京都新聞」の記事では、「昔の納豆もちは抱えるほどの大きさで、いろりであぶったり、お湯で温めたりして少しずつ食べた」という談話が見られる。洛北地域の歴史・文化に詳しい中村治大阪府立大教授の調査によると、「納豆もちは旧日吉町や旧美山町のほか、京都市左京区の花背や大原などでも食べられ、作り方や味付けがそれぞれ異なる」ともいう。例えば、旧美山町のある地域では、もちを焼いて塩を加え、練った納豆をくるむ。花背では、白もちやとちもち、よもぎもちを練り合わせ、納豆は黒砂糖をまぶす……だが現在、それらの地域では、ほとんど食べられていない。

納豆と塩を加えるタイプの納豆もちのより詳しい製法については、京北町の方がブログを通して紹介している(青木正児の記述と似通うが、こちらの方はつき混ぜない)。その一端を抜き書きしてみると――約6本の藁苞納豆を開け、塩を入れて和える。塩は相当量を入れるそうで、その塩加減が納豆もちの味を左右するから、練達の腕の見せ所である。一方で、もち舟にきな粉を用意。きな粉に砂糖などは混ぜない。そこへ、つきたての餅を投入し、熱いうちにシート状に広げた上に、先ほどの納豆をたっぷりと載せ、伸ばして広げた物を端からロール状に巻いていく。すぐには食べず、正月3日くらいまで待つことで、納豆がもちの中でさらなる発酵を進める。塩も餅に染み込んでいく。年明けに網で焼くと、発酵し切った納豆と塩味の染みこんだもちの焦げた個所などが非常に香ばしく、美味なのだという。

最近では売り物で済ます人も増えていると聞くが、京北の正月には欠かせないソウル・フード、それが納豆もちなのだ。

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納豆菌で被災地の土壌改良

2011年3月11日の東日本大震災での大津波による被害農地は、水田2万151ヘクタール、畑3,449ヘクタールの計2万3,600ヘクタール。被災6県の耕地面積の2.6%に達したという。津波だけではない。原発による汚染土壌の問題もある。それらの津波および他の災害などで破壊された土壌(水田、畑)環境を回復するための方法として、納豆菌を活用する方法が公開特許として出願されている。発明の名称は「乳酸菌と納豆菌と有機肥料を利用した汚染土壌改良方法」(特開2013─22582)。発明者、出願人は共に岩手・奥州市の平松勝彦氏。

さて、被災農地を回復するための解決手段だが──まず、ヨーグルトと納豆菌をミキサーに入れ、よく撹拌して、ヨーグルト系土壌改良剤を生成。その改良剤と一般的有機肥料(堆肥)を津波などに破壊された土壌に入れ込み、添加する。有機物によって微生物の繁殖を促すと同時に、微生物環境を改善して地力の回復が得られる。

さらに、ヨーグルト成分と納豆菌(枯草菌)成分による活性作用が加わることで、有害菌を抑制、有効菌の繁殖を促進する。そればかりか、津波の被害農地だけでなく、セシウムなど放射線で汚染された土壌および植物に散布することによって、放射線による汚染数値の減少効果も得るという。

その放射線減少作用については、一般農地や畑でヨーグルト系土壌改良剤を用いた実証試験を行っている過程において発見された。土壌内に改良剤を散布して土壌改良を実施していたところ、セシウムの放射線量数値の変化を確認できたことを受け、改めて、放射線量数値の高い福島・南相馬市にて、ヨーグルト系土壌改良剤による放射線減少試験を行った結果、放射性セシウムの減少数値を確認したと平松氏。

具体的な実施方法としては、水田表面を整理し、トラクターを用いて土壌混合。雨の日を待って、もう一度、土壌を混合する。次に、土壌表面に有機肥料(堆肥)を散らす。その上から、ヨーグルト系土壌改良剤を水に薄めて散布し、肥料と土壌を混合する。一定の期間経過後、同じ作業を繰り返し行うことによって、地力の回復を得る。有機質資材とヨーグルト系土壌改良剤を土壌に入れ込み、微生物活性を促進することにより、被災農地の微生物量を増やし、土壌本来の地力を得る方法は、最も経済的にリーズナブルで、効率が良いと力説されている。

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ミャンマーのペポ

「納豆トライアングル」(2012年1月「納豆トライアングル再考」参照)は、納豆を指標にした日本、ヒマラヤ、ジャワを結ぶ三角形の地域。この三角地帯において、納豆(=大豆発酵食品)という文化的共通性が認められるのではないかとの文化人類学者、中尾佐助氏の仮説だが、テンペで有名なインドネシア、タイの「トゥアナオ」(2012年11月「3タイプのトゥアナオ」参照)同様に、ミャンマーにも「ペポ」と呼ばれる納豆がある。現地語で「ペ」は豆、「ポ」は臭いという意味らしい。以下、農学研究者の吉田よし子氏の著書から、ペポの実情を探ってみる。

特に納豆を好むといわれるのは、ミャンマー北部のカレン族のパッオと呼ばれるグループの人々。一面に細かい毛が生えているため、白く見える葉を使い、大豆を一つかみくらいずつ包み、大きな籠に詰めて発酵させる。豆の表面に白い皮膜ができるくらいまで発酵させた納豆が、葉に包まれたまま市場で売られている。パッオの人々が暮らす村の農家では、裏の納屋などで、シダの葉を詰めた籠に納豆を作る。日本の藁苞納豆の稲藁に相当する役割をシダの葉が担っている。乾いたシダの葉には納豆菌が付着しているのだ。シダの葉は甘いクマリン(ラクトンの一種。有機化合物C9H6O2)の香りを放ち、消臭効果もある。生納豆の料理法には、唐辛子粉と塩、シャロットの薄切りと一緒に熱いご飯に混ぜたり、つぶしてスープに入れたり、タマネギやニンニクなどを使った各種の炒め物などがある。日本のように粘る納豆はあまり好まないそうだ。

またペポも生納豆のほか、タイのトゥアナオのように「せんべい状乾燥(調味)納豆」、「納豆味噌」、「固形乾燥調味納豆」といった加工品が見られる。せんべい状乾燥納豆は台所の常備品。塩、唐辛子、ショウガなどを加えて熟成させた納豆味噌は、なめ味噌としてそのまま総菜にしたり、他の料理の調味料に用いる。固形乾燥調味納豆は油で揚げて総菜に。納豆とその加工品の広がりと多様さ、製造量において、ミャンマーの規模はタイを格段に上回ると推測される。当時(吉田氏の著書は2000年の上梓)の東南アジアの納豆センターと目されるのがミャンマーのタウンジー周辺。タイのチエンライの納豆工場で製造を手掛けていたのはミャンマーのカレン族出身者で、タイの市場に並ぶ各種せんべい状乾燥(調味)納豆もミャンマー製(ペポ)だった――と吉田氏は傍証を挙げている。

参考文献:吉田よし子『マメな豆の話』(平凡社新書)

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ぽか

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通りすがりの夢想家。元(にして最後の)「トーヨー新報」編集人。現在は、一介の編集素浪人?



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「トーヨー新報」は、昭和33年(1958)創刊。大豆加工品(豆腐・油揚げ、納豆、豆乳、湯葉、凍り豆腐、もやし等)、こんにゃく、総菜業界をメイン購読者層に、月3回の旬刊紙「トーヨー新報」や業界関連データブック『豆腐年鑑』を発行。平成25年(2013)12月21日号、第1851号をもって終刊に至る。

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