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貝原益軒は納豆が嫌い?

江戸時代前期の儒学者で、教育家で、本草学者の貝原益軒(1630〜1714年)は84歳で没しているが、江戸時代の寿命を勘案するとかなりの長命と言ってよい。83歳になる1712年に、自分の健康保持の実体験を資料にして書かれた『養生訓』は、健康的な生活法を説いたものだ。

益軒は筑前国(現・福岡県)福岡藩の藩臣の家に生まれ、福岡藩に仕えるが、しばしば長崎、江戸、京都などへの旅行・留学を繰り返した。元禄期前後、貨幣経済の進展に基づき、上方を中心に経験・実証主義思潮が興っているが、朱子学徒であった益軒も京都で本草学などを学んでおり、自然科学や人文科学の研究に抜かりはない。彼の編集した『大和本草』の「巻之四 穀類、造醸類」では、大豆も取り扱っているが、同じ巻に納豆も載っている。

納豆は古名の「豉」という項目で挙げられ、

俗ニ納豆ト云カラ納豆浜名納豆アリ南都及京都僧尼多造之其造法頗似綱目所載○豆豉ハ日本ノ納豆也中華ノ法居家必用其他ノ書ニモ載タリ 別ニ一種俗ニ納豆ト云物アリ大豆ヲ煮熱シ包テカヒ出クサリテ子ハリ出来イトヲヒク世人コレヲタヽキ為羹多食之敗壊ノ物性悪シ気ヲフサキ脾胃ヲ妨ク不可食凡如此陳腐ノ物不可食

と記されている。寺納豆とは別に、糸引き納豆があるとの報告がある。大豆を煮て包んですくい出し、粘りが出て糸を引いたものだが、世間ではそれを細かく刻んで納豆汁にして食べているという。しかし、「腐敗」と「発酵」の差異が知られていなかった時代の益軒だから、納豆は腐敗した消費期限切れのもので健康に良くない、気分を悪くし、胃腸の機能を妨げるものだと警告してしまうのだ。学問上は経験・実証主義を重んじた益軒だったが、納豆売りも身近だった江戸や京都に住みながらも、納豆にはなじめなかったのだろうか。

※「豉」は、「豆」偏+「支」。

貝原益軒が著述業にいそしむのは70歳を過ぎてからであり、『大和本草』は宝永7年(1709)に編集されている。本草学の対象となる和漢の本草1,362種を収録・分類、解説した書で、本編と付録と合わせて18巻。しかし『大和本草』は単なる植物学の分野にとどまらない。薬用植物ばかりか、 薬用に使われる動物、鉱物も対象に含まれる。さらに農産物や加工食品(つまり、納豆)も取り扱い、効能のない雑草なども対象とされている。益軒にとって、本草学は単なる薬用植物学ではなく、博物学、物産学、名物学(言葉と物との結び付きの文献学的研究)であったといわれる所以である。
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豆汁(ごじる)で下地処理

着物のほか、鯉幟の色付けなどに使われる伝統技法「カチン染」で、大豆が用いられている。染織分野においても、大豆は活躍しているのだ。食用にとどまらない、意外な大豆の利用法である。

染色とは布や革などの(織物用)繊維に色素を吸着・結合させることだが、羊毛や絹などの動物性繊維はたんぱく質から成っているため、最初から色素と結合しやすく、染まりが良い。しかし、綿など植物性繊維の場合は相性の悪い染料が大半であり、人工的にたんぱく質加工をすることで染まりを良くできる。植物性たんぱく質を代表する存在といえば、大豆である。

麻、藍、木綿は、日本の三草と呼ばれていた。虫除け効果もあって、布地を丈夫にする藍染めは、特に植物繊維に適した染料だが、その他の天然染料と植物繊維の相性はあまり芳しくない。木綿に染着しにくい発色を得たい時は、豆汁(ごじる)に繰り込んで30分間ほど浸す「豆汁下地」の工程を行うと、希望の色に染色できる。合成(化学)染料を使った染色に対して、天然染料を用いた染色を「草木染め」(山崎斌氏の命名)と呼ぶ。

豆汁下地の草木染めの場合の具体的な行程は次のとおり。

綿糸1キログラムに対し、大豆約200ccをふやかします。3倍ほどにふくれて600ccとなります。2回に分けて各1.2リットルの水を加えてミキサーにかけ、布袋で漉し、双方の豆汁糟を合わせて、さらに1.2リットルの水を加え、同工程を繰り返します。豆汁に糸を繰り込み、30分間浸けて固く絞り、充分に乾燥させます。多少の着色が残るため、淡色には不適です。染色時にはまんべんなく水分を浸透させてから用います

このように染織の際の下地処理で用いられるほか、豆汁には空気中の二酸化炭素を吸収すると水に不溶性となる性質があり、これを利用して、沖縄の伝統的な型染め「紅型(びんがた)」のように顔料の固着剤として用いる例も見られる。また、薄めた豆汁を染料のにじみ止めや浸透止めに使うことも多い。

参考文献:田中清香、土肥悦子『図解 染織技術事典』(理工学社)

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永源寺こんにゃく

18世紀末、松葉軒東井が編集したことわざ辞典『譬喩尽(たとへづくし)並に古語名数』(通称『譬喩尽』)で、豆腐の絞りかす「きらず(おから)」の語を引くと、「豆腐殻(きらず)不盈(こぼさず)喰えば長者になる」など、『譬喩尽』は近代の風俗を知る文献資料として便利なものだ。その『譬喩尽』にこんにゃくの語を探ると、「こんにゃくと糯米(もちごめ)は近江がよし」ということわざが目に付く。京都の人が近江産のこんにゃくと糯米を良品として扱ったことに由来するといい、上方では近江地方がこんにゃく産地として重視されていたようだ。

近江には「永源寺こんにゃく」と呼ばれる伝統的な特産品がある。その歴史は、臨済宗永源寺と足並みをそろえて古く、由緒あるものだ。南北町時代の康安元年(1361)、近江国の領守・佐々木氏頼が、この地に伽藍を建て、寂室元光禅師を迎えて開山、「瑞石山永源寺」と号したのが端緒。寂室元光禅師が開祖となったのは72歳の時だが、彼が31歳である元応2年(1320)には中国に赴き、天目山の中峰和尚について7年間修行している。中国から帰国する際、寂室元光禅師はこんにゃくの種芋を持ち帰り、それが永源寺の開かれた一帯に植えられたものが、永源寺こんにゃくの始まりと伝えられる。

臨済宗の開祖、栄西禅師は喫茶の習慣を日本に伝えたことで有名だが、同じ臨済宗の一派である永源寺周辺も有名な「政所茶」の産地である。こんにゃくの栽培には、水はけが良く、日射量の少ない土地が適しているといわれるが、永源寺町の場合、茶畑に植えられることが多い。

永源寺こんにゃくと政所茶——2大特産品を生産する永源寺町の農家では、茶畑の畝(うね)に種芋を栽培し、木灰(草木を焼いて作った灰)の灰汁で凝固させてこんにゃくを製造していた。現在のこんにゃく製造では、ほとんどがこんにゃく精粉と消石灰(水酸化カルシウム)を原料に作られているが、同町の蓼畑地区では灰汁で作る製法が伝承されている。用いる灰汁には広葉樹の灰が良いとされ、藁灰と茶樹灰をとおしで振るって使う。灰汁の濃度は、藁のぬきんぼで3センチメートルくらいの径の輪を作り、それですくってシャボンのように鏡になればちょうど良いといわれている。

参考文献:滋賀の食事文化研究会・編『芋と近江のくらし』(サンライズ出版)

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今治地方のイギス豆腐

今治と尾道を結ぶしまなみ海道周辺で食べられる郷土料理に「イギス豆腐」がある。「イギス」とは、浅海の岩礁に着く海藻の一種で、紅藻類イギス目イギス科に属し、学名を「Ceramium kondoi Yendo」という。

『和漢三才図会』には

水に注ぎて屡々晒せば則ち潔白なり。之れを煮れば則ち凝凍りて石花菜、菎蒻、餅の輩の如し。浅き器に盛り冷し定めて、繊く之れを裁りて醋未醤に和し之れを食味淡甘く美なり。最も上品と為す

と説明されている。最近は採取量が減っているが、干満の差が大きくなる土用(立秋の前の18日間)のころが、イギス採りの最盛期。船をしつらえて出掛け、熊手などを使って引き揚げる。採ったイギスは、汚れやごみ、魚の卵などを洗い落として、天日で乾燥する。この作業を繰り返して、保存できるようになるまで乾かす。同じく紅藻類のテングサからところてんや寒天が作られるのと同じ要領だが、「イギス豆腐」はイギスと大豆粉を使用する。

「イギス豆腐」の作り方は、まず乾燥したイギスと大豆粉、エビのだしを鍋に入れて火にかける。イギスが溶け始めたところで、塩やしょう油などの調味料とエビなどの具を入れる。5〜10分ほど煮たところで火を止め、バットなどの容器に流し込み、エビなどの海の幸をのせ、ゴマを振る。冷蔵庫に入れて、固まったら適当な大きさに切り、酢みそやショウガじょう油でいただく。

今治のスーパーでは、パックに入った「イギス豆腐」が総菜売り場に、乾燥イギスと生大豆粉のセットが乾物の棚に並んでいる。夏の風物詩でもある郷土料理だったが、主原料のイギスの収穫量が減ったこともあり、健康食品として価値を見直されながらも、家庭で作られる機会は年々減っているようだ。

今治地方では、「イギス豆腐」はこの辺りにしかないといわれるが、香川(小豆島)、広島、山口、兵庫(淡路島)や、福岡、大分、鹿児島(奄美大島)の一部にもイギスを使った料理がある。岡山と山口の一部では「イゲス」と呼ばれ、長崎・島原地方ではイギスを煮溶かして固めた料理を「いぎりす」と呼んでいる。今治地方の「イギス豆腐」の作り方は、大豆の粉を加えてイギスを溶かす時間を短くした点が、この地方特有で画期的だったという。

参考文献:土井中照『愛媛たべものの秘密』(アトラス出版)

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たまに「考える人」、歴史探偵。
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