滝川豆腐

夏の豆腐料理を代表するのが「滝川豆腐」。料理研究家で、「大豆100粒運動」を推進する辰巳芳子さんの母堂、辰巳浜子さん(1904〜1977年)は、著書『料理歳時記』で滝川豆腐のレシピを以下のように紹介している。

滝川豆腐は、木綿豆腐1丁に対して角寒天1本、水2カップ、塩ひとつまみ。寒天をちぎって水に浸けてもどしたら、分量の水を加えて弱い火でゆっくり煮とかします。寒天は焦げつきやすいもの、絶えず木杓子で鍋の底をかき回して1割くらい煮つめます。

豆腐は水をきり、深めのボウルで受けて裏ごしにします。これに煮立った寒天汁を裏ごししながら流し入れ、塩を加え、よく混ぜ合わせて流し型に流して、冷たく冷やします。ところ天突きで突き出してかけ汁をたっぷりかけ、木の芽やとき辛子、おろしゆずなどを添えましょう。

かけ汁は、天つゆ3に対して1の割合で酢を加えます。やわらかい酢の味のかけ汁をたっぷりかけて、汁とともにすすりあげる滝川豆腐は初夏の倖せです。まあ召し上がってみてください。もちろん、かけ汁も充分冷やすことが大切です。


寒天を使った豆腐料理は、既に江戸時代の豆腐料理本『豆腐百珍』に掲載されている。崩した豆腐を寒天で包んだ「玲瓏(こおり)豆腐」(奇品58)で、豆腐を細く切ってから調理する「縮緬豆腐」(奇品67)や「真のうどん豆腐」(絶品100)など、滝川豆腐と形状のよく似た料理も紹介されているが、これらは寒天を使用しない。

参考文献:辰巳浜子『料理歳時記』(中公文庫)
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納豆菌について

納豆菌は枯草菌(Bacillus subtilis)の一種で、単細胞の大きさは2〜3マイクロメートル(1マイクロメートル=1,000分の1ミリメートル)と小さく、肉眼では見えない。通常は空気中を浮遊していて、稲わらや枯れ草・枯れ葉、穀物を住みかにしている。

枯草菌とは、『広辞苑』によると「土壌・枯れ草など自然界に広く分布するグラム陽性・芽包形成性の大型の桿菌」。桿菌は棒状または円筒形の細菌の総称で、納豆菌は桿状(細長型)の姿形をしており、生育適温は35〜45℃。煮豆や蒸煮した穀物を発酵し、粘質物質(2007年4月「粘度と糸引き度」参照)を生成する。

納豆菌は二分裂法によって増殖する。栄養分を取り込んで成長するに従い、細胞の中央に隔壁が形成されて2個に分裂し、個々が単独の細胞となって再び成長、分裂する。このサイクルを繰り返して増殖していく。細胞成長→分裂→細胞成長→分裂…の間隔は、数十分から数時間ごとに繰り返されるため、煮豆に納豆菌がほんの少し付いただけで、3日後には何千万倍、何億倍に増殖する。納豆1粒に10億個、納豆1グラム中には50億個の納豆菌が存在しているといわれ、納豆1立方メートル中に存在する納豆菌の重量は2〜4キログラムにもなる。

納豆菌は極めてありふれた細菌で、自然界には最も多く見られる微生物である。ヒトの生活圏内の空気中はもちろん、植物の葉や枝、樹皮などの表面にも樹液のような有機物が多いので、納豆菌がたくさん集まっている。ある報告では、常緑植物の樹液の多い葉1平方センチメートルには納豆菌を主体とした微生物が1,000万個も生育していたという。ヒトの直接の生活の場である室内にも、空気1立方メートル当たり数百個の納豆菌が存在している。

このように納豆菌が遍在する環境を重要視するならば、糸引き納豆の発祥を中国からの伝来や特定の歴史的人物に求めるのではなく、日本の風土で独自に自然発生的に作られたものだとする説は、極めて説得力に富んでいる。

参考文献:小泉武夫『納豆の快楽』(講談社文庫)

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だだちゃ豆

山形県鶴岡市出身の作家、藤沢周平(1927〜1997年)は、「“だだちゃ豆”があれば、ほかに馳走はいらない」と『ふるさとへ廻る六部は』に記している。

だだちゃ豆は、鶴岡市の一部の地域で生産されている在来種。枝豆のトップブランドとして全国に知られている。妊娠初期に特に必要とされるビタミンB群の葉酸が大量に含まれていることが分かって話題になった。これについては(独)農業・食品産業技術総合研究機構(NARO)作物研究所大豆育種研究チームの増田亮一主任研究員が、JA全農・営農総合対策部の技術情報誌「グリーンレポート」4月号で発表している。さやの表面が茶色の毛で覆われ、くびれが深く、普通の枝豆は1つのさやに3粒入っているが、だだちゃ豆は2粒入りが基本。

「だだちゃ」とは、山形・庄内地方の方言で「おやじ」「お父さん」を意味する。枝豆好きな地元・酒井藩の殿様が、毎日枝豆を持って来させては「今日はどこのだだちゃの枝豆か?」と尋ねたため、だだちゃ豆と呼ばれるようになったという説が有名だ。その他にも、福島県伊達郡から豆を持ち込んで作った「伊達の茶豆」から「だだちゃ豆」に転じたという説もある。

JA鶴岡では、このだだちゃ豆を農林水産省の新ガイドラインに沿って生産・出荷する「特別栽培農産物」としており、生産過程において使用する化学肥料の窒素成分量や化学合成農薬の使用回数は、山形県の慣行基準の5割以下で栽培するように取り決めている。山形県で通常の枝豆に用いる化学肥料(窒素成分)は10アール当たり6.05キログラム以下だが、だだちゃ豆は栽培期間中不使用。また化学合成農薬使用回数は通常の枝豆が8回以内であるのに対し、だだちゃ豆は4回以内と定めている。

具体的なだだちゃ豆の品種は、鶴岡だだちゃ豆生産者組織連絡協議会が認定した「庄内一号」「庄内三号」「庄内五号」「甘露」「晩生甘露」「早生白山」「白山」「尾浦」「小真木」「平田」の10品種。

参考文献:藤沢周平『ふるさとへ廻る六部は』(新潮文庫)

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宝永大噴火とこんにゃく価格の暴騰

江戸時代の宝永4年(1707)11月23日に富士山が噴火した。平安時代の「延暦の大噴火」「貞観の大噴火」と併せて「富士山三大噴火」と呼ばれる「宝永大噴火」である。溶岩の流出こそなかったが、大量の火山灰は約100キロメートル離れた江戸の町にも降り注いだという。当時、江戸に居た新井白石は降灰について「雪のふり下るごとくなるをよく見るに、白灰の下れる也」と著書『折りたく柴の記』に記している。

この噴火によってこんにゃくが爆発的なブームになった。こんにゃくは「腹の中の砂を出す」といわれていたため、「体内に入った火山灰を出そうとこんにゃくを買い求める人が後を絶たず、こんにゃくの値段が暴騰した」との記録が残されている。

寺島良安が正徳2年(1712)に著した図説百科事典『和漢三才図会』にも「こんにゃくはよく腹中の土砂を下す」とあり、「胃のほうき」や「腸の砂おろし」といった俗言、また「こんにゃくは体の砂払い」ということわざもある。こんにゃくの豊富な食物繊維が腸の働きを活発化し、体内の老廃物を排出する健康機能性に古人も着目したのだろう。

宝永大噴火の頃は、まだこんにゃく粉(精粉)が発明されていなかった。こんにゃく芋は傷みやすく、供給量が限られていたため、価格高騰は避けられなかったのである。こんにゃく粉は江戸時代後期の安永5年(1776)に、今では「こんにゃくの神様」と呼ばれる常陸国(現・茨城県)の農民、中島藤右衛門が発明した。日持ちが良く、軽量だから遠隔地への輸送が容易になり、価格は安定。同じように田楽に用いられる豆腐と比べると4分の1程度の安価になった。

参考文献:歴史の謎を探る会[編]『江戸の食卓』(河出書房新社)武内孝夫『こんにゃくの中の日本史』(講談社現代新書)

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通りすがりの夢想家。元(にして最後の)「トーヨー新報」編集人。現在は、一介の編集素浪人?



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「トーヨー新報」は、昭和33年(1958)創刊。大豆加工品(豆腐・油揚げ、納豆、豆乳、湯葉、凍り豆腐、もやし等)、こんにゃく、総菜業界をメイン購読者層に、月3回の旬刊紙「トーヨー新報」や業界関連データブック『豆腐年鑑』を発行。平成25年(2013)12月21日号、第1851号をもって終刊に至る。

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