こんにゃくゼリーの大きさ

食中毒などで生肉の扱いが問題視されている時期に(現在はセシウム牛問題が深刻ですが)、消費者庁はこんにゃくゼリーの規制に現を抜かしている場合か!などといった批判もあります。そもそも、消費者庁が発足した経緯について言えば、個別法令や縦割り行政の狭間で取り締まりできない案件(=すき間事案)の代表として、こんにゃくゼリーによる窒息事故が挙げられた訳です。

食品衛生法やJAS法の網の目をくぐり抜けてしまう、つまり厚生労働省や農林水産省の管轄外の案件を取り扱うために、消費者庁が設立された。とはいえ、「食の安全」に向けて取り組む以上、厚労省や農水省との線引きに神経を使っているようでは縦割りが増え、さらに「すき間」が増殖するだけではとの懸念もあるところに、放射性物質や節電、食中毒への対応など東日本大震災の影響も加わったため、今後の状況は予断を許しません。

その消費者庁が2010年12月22日に公表した「こんにゃく入りゼリー等の物性・形状等改善に関する研究会報告書」を見てみると、重篤な窒息事故につながり得るこんにゃくゼリーのリスク要因(物性、形状等)について、詳細な分析を行ったようです。その結果、子供の窒息は(当たり前のことですが)口から気管に至るどの部位の閉塞でも起こり得る、と。特に問題となるのは咽頭喉頭部(下咽頭部)。例えばサイズについては、再現試験結果においても、直径1センチメートル以下の場合、気管内圧は低いが、それを超える場合には、気管内圧が高くなることが観察されたそうで、特に破断応力および破断ひずみの大きい力学特性を有する食品(端的に、こんにゃくゼリー)は摂食時、子どもが必ず咀嚼を必要とするような窒息事故リスクを低減させるための配慮が不可欠であると報告されています。

配慮として具体的に挙げられるのは、子どもの気を引く型やイラストなどを避けることだったりしますが、問題のすり替えに見えなくもありません。ただし「形状を大きくし、口で吸引できなくすること」「そのまま飲み込めないようにすること」「気管の大きさ(内径約1センチメートル)よりも小さくすること」も提案。ちなみに、米国の消費者製品安全委員会(CPSC)において、ミニカップ入りこんにゃく入りゼリーが子供に窒息の危険性が生じるとした大きさの範囲は、直径0.41インチ(約1センチメートル)〜1.25インチ(約3.2センチメートル)。韓国食品医薬品安全庁(KFDA)では、2005年10月改正の「食品公典」によって「ミニカップゼリーの大きさは蓋と接する面の直径が5.5センチメートル以上で、高さと底の面の直径は3.5センチメートル以上であること」と定められています。
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納豆仕向け大豆の需給と価格

(財)日本特産農産物協会が国産大豆の品質等に関する情報の収集・整理事業として行った「平成22年度豆類振興事業報告書」が公表されている。同事業は(財)日本豆類基金協会の助成を受けて、平成22 年度豆類振興事業のうち経営指導事業として実施した。

国産大豆の需要拡大、(食料)自給率の向上を図るに当たって、銘柄別の大豆の需給状況、内外の大豆に対する評価などに関する的確な情報については、取引関係者にリアルタイムで提供される必要がある。そこで大豆の需給、産地における生産の動向、実需者における国産大豆の使用状況、国産大豆の品質に対する評価、外国産との比較等に関する情報を継続的に収集、分析を行っている。具体的に提供された情報の中に含まれる納豆仕向け大豆の需給と価格について、以下に抜粋した。

平成22年(2010)年の納豆原料用大豆の需要は、13万トン程度、そのうち国産大豆は、1万トン程度と見積もられる。納豆原料となる大豆の種類は、製造技術上それほど限定されないが、国産では、北海道産スズマル、北海道産ユキシズカ、茨城産納豆小粒などの小粒・極小粒銘柄と言われる産地品種銘柄が好んで使われる。逆に言うと、これらの銘柄は、納豆以外の大豆加工品の原料としては、あまり使用されない。

納豆横丁(201108)

代表的銘柄である北海道スズマルと茨城納豆小粒の年産別の落札価格を見ると60キログラム当たり5,000円〜2万円の範囲で大きく変動し、平成15〜16(2003〜2004)年産および平成19(2007)年産で価格のピークが見られた。2003〜2004年産の場合は、作柄不良で国産大豆全体が高騰する中での高値の形成であったが、2007年産では、納豆仕向け銘柄に限っての高騰であった。平成20(2008)年産以降、供給(集荷数量)は増加したが、落札数量が減少し、価格は下落傾向にある。平成21(2009)年産では、落札実績が散発的になり、2010年産については、3月までいずれの銘柄も落札実績がない状況になっている。

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西郷隆盛と豆腐汁

「維新の三傑」には、薩摩藩出身の大久保利通と西郷隆盛の2人が含まれる(もうひとりは長州藩の木戸孝允)が、西南戦争で自刃した西郷と異なり、大久保の地元人気は極めて低い。西郷の銅像は早い時期から建っていたが、大久保の銅像は没後100年の1974年になってようやく建ったほど。西郷は存命当時から異常人気だったため、没後は「西郷星」が出現したと騒がれたり、チンギス・カン=源義経に代表される「義経伝説」と全く同じ構造の西郷生存説が流布したこともある。

西郷隆盛(1828〜1877年)の思想は、『南洲翁遺訓』に記された「道は天地自然の物にして、人は之を行ふものなれば、天を敬するを目的とす。天は人も我も同一に愛し給ふ故、我を愛する心を以て人を愛するなり」――いわゆる「敬天愛人」が有名だが、それらは河村北瞑の『西郷南州翁百話』中の個々のエピソードからも窺える。

西郷は、飲食物について文句を言い立てたことがなかった。ある日、弟・従道の住まいを訪ねたところ、従道はたまたま銭湯へ出掛けていて留守。しばらく待っても弟は帰って来ないので、下女に命じて夜食を用意させた。彼女は支度に手間取ってはならないと勘案し、簡単に拵えられる豆腐汁(おそらくは豆腐の味噌汁)を出してもてなした。
豆腐横丁(201108)

その場へ従道が帰宅した。彼も西郷と夜食を共にしようと、豆腐汁をすすり、ご飯を食べ始めたのだけれど……汁に塩気がなく、まるで湯を飲むような心地ではないか。従道は怒った。大声で下女を叱りつけ、調理に対する不注意を謝らせた。

激高する弟の様子を眺めていた西郷は、従容とした態度で、従道に語りかけた。「豆腐汁の塩加減など、問題にするようなことでもないだろう。ご飯のおかずにして食べることができれば、十分じゃないか。そんな些細なことで使用人を責めるなよ」と。従道は「ぼくは到底、兄の度量の大きさには及ばない」と呆れ、感嘆した。小事にこだわらず、常に大局を見よとのメッセージか。

だが「食」の問題は、実は小事とも言えない。弟は銭湯だけでなく他の店にも立ち寄り、満腹状態ではなかったのではないか。対するに空腹は最大の薬味、腹を空かせた西郷にとって微妙な味は二の次で、とにかく素早く供された豆腐汁がありがたかったとも言える。

人の問題から言えば、西郷という来客と豆腐汁を出す下女の間で成立した食事の場に、突然割り込んだ従道が料理の塩梅をとやかく言うのは、コンテクストの無視だという批評にもなろうか。

参考文献:河村北瞑『西郷南州翁百話』(求光閣書)

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大豆ぬすみ

ユダヤ教やキリスト教などの西欧社会の厳格な一神教とは無縁の、緩やかで汎神論的な世界にたゆたっている日本では、いかなるモラルが要請されるべきだろうか。大陸から渡来した仏教や儒教道徳も、わが国においては骨抜きにされ、強い倫理的規範としては作用しなかった印象しかない。良い意味でも、悪い意味でも、適当な国なのだろう。

懐かしい話だが、ルース・ベネディクトは『菊と刀』で、倫理基準を内面化した西欧文化を「罪の文化」と規定し、対する日本を「恥の文化」と名付けた。内的な原罪観念を持たない日本人は、世間体や外聞だけを気にし、拘泥していると穿った訳だ。しかし、狭苦しいムラ意識や党派根性を補正するために、昔の人たちは「お天道さまが見ている」みたいな言い方を漠然としてきたような気もする。自然に宿る八百万の神々に、やんわりと価値判断を委ねる風情が感じられないか。

見ているのは太陽だけではない。月だって見ている。『通俗仏教百科全書』は古くから伝わる説教話を集め、明治時代に編纂された書物。主に、大説教師・大行寺信暁が行った説教話が収められているようだ。その第3巻第45に「大豆ぬすみ」が位置する。

百姓・佐平の家は貧しく、夫は他国へ出稼ぎに行ったきり、帰って来ない。残された妻は3歳になる子供を抱え、賃仕事などを請け負うが、生活は貧苦を極める。貧すれば鈍するのか、皆が寝静まる丑三つ時に、親子は大豆畑へ忍び入り、大豆を盗もうとする。母親は子供に「あなたに食べさせようと思い、大豆を盗みに来たの。あなたは道に立って、誰か来ないか、見ていなさい」と言うと、畑の中へ入ると大豆のさやをむしって、袂の中に押し込んだ。
大豆雑学(201108)

用を終えた母親が小声で見張りの子供に「誰も来なかったかい?」と聞けば、「誰ひとり来ないよ。お月さまが見ているだけ」との返答。

この言葉が胸にこたえた。母親はむしり取った大豆のさやを両袖に入れたまま、子供の手を引いて、大豆畑の所有者を夜分に訪ねる。起き抜けの主人に盗みの一部始終を白状し、「人は見ていなくても、天の日月が見ていることを恐れない心の在り方こそ恐ろしい」と懺悔の涙を流した。ひれ伏す母親の姿を前に、畑の持ち主も自分自身の心の内を省みて、「盗んだ豆は子供に与えてください」とお願いした。

子供とは何者か—-天は直接言葉でもって語らないから、人の口を借りたのではないか。母親とは何者か—-子供のたった一言によって悪心を改めるとは、まさしく仏法に帰依する善女人ではないかと、彼も悟ったのだ。ばれなければよいのではない。(人間以外の)何者かは常に見ているのである。

参考文献:長岡乗薫編『通俗仏教百科全書』(開導書院)

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ぽか

Author:ぽか
通りすがりの夢想家。元(にして最後の)「トーヨー新報」編集人。現在は、一介の編集素浪人?



豆腐業界唯一の全国版専門紙
「トーヨー新報」は、昭和33年(1958)創刊。大豆加工品(豆腐・油揚げ、納豆、豆乳、湯葉、凍り豆腐、もやし等)、こんにゃく、総菜業界をメイン購読者層に、月3回の旬刊紙「トーヨー新報」や業界関連データブック『豆腐年鑑』を発行。平成25年(2013)12月21日号、第1851号をもって終刊に至る。

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