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こんにゃく温罨法

単に食品としてばかりか、兵器(2006年8月「風船爆弾」参照)や建築素材(2011年3月「こんにゃくと平和」参照)にまで利用され、他にも印刷でこんにゃく版(コスト上の問題から寒天を代用)が用いられるなど、あっと思うような局面で意外な活躍を果たしているこんにゃく。今回は地味だけれど、確実に、身近に役立つこんにゃくの利用法を紹介しよう。名付けて「こんにゃく温罨法」。

「温罨法(おんあんぽう)」とは近頃聞き慣れない言葉だが、『広辞苑』によると、「温湯に浸した布片を用いて患部をおおう湿布療法。局所に温熱を与えて充血を起こさせ、吸収を促して疼痛・咳漱を軽くし、去痰を容易にする。温湿布」とある。この温湯に代えて、こんにゃくを使用する。

昭和5年(1916)に出版された主婦之友社編輯局編『病人の看護法』に「冷、温罨法の仕方」なる一節が設けられている。ちなみに、主婦之友実用百科叢書シリーズの第43篇に当たる。現存する出版社だけに、いささか気になって、同社のホームページで「主婦の友社小史」を覗いてみたところ、大正5年(1916)、石川武美の「東京家政研究会」創業に始まり、翌年に『主婦之友』が創刊されている。おそらくは明治から大正にかけての時代、「主婦」という概念、社会的な地位が認知を得たのであろうか。

それはともかく、「急な腹痛に、温罨法だけを試みて意外な効果を奏し、それだけで治癒する例は少なくありませぬ。温罨法はこの外、胃痙攣、子宮痙攣、腹痛などに試みて、著しい効能のあることは、皆人の知るところであります。そのうちでも、特に一般的なものを挙げますと」――で、こんにゃくの登場。

これは、どこでも行はれる方法であります。よく煮たものを、二つ並べて布に包み、なほその上を厚くタオルにくるんで、痛むところにあてます。二三度煮てをりますうちに、だんだん堅く小さくなりますから、さうしたらまた、新しいものと替へます」と懇切丁寧。年配の方でなくとも、実際に試したという人もいるかもしれない。同書では、こんにゃく以外に温罨法で使用する物として、炊きたての米飯、焼き塩、温石(「懐石」の原型! 煉瓦で代用)、湯たんぽを挙げている。とまれ、火傷にだけは要注意。

参考文献:『病人の看護法』(主婦之友社)
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朝湯の前に「一つくんねえ」

柴田流星は明治時代の作家であり、翻訳家。明治44年(1911)に初版の出た『残されたる江戸』で、挿絵を描いたのは江戸川朝歌だが、これは竹久夢二の変名だったことで好事家に知られている。以前は中公文庫でも入手できたものだ。現代ではほとんど忘れられた格好の作家、柴田流星(1879年〜1913年)は、大正に元号が変わった翌年に亡くなっている。小説家、翻訳家以外にも編集者をこなした。

東京小石川(現・文京区)の生まれ。巌谷小波の門下で、木曜会(夏目漱石宅での門下生らの会合)の一員。時事新報社を経て、左久良書房の編集主任となった。どう見たところで典型的な明治人なのだが、その流星自身が在りし日の江戸を懐かしみ、その面影を明治の東京へ重ね合わせて成ったのが、資料性に富む『残されたる江戸』。「納豆と朝湯」と名付けられた章では、江戸っ子と納豆の親密な関係が活写されている。

霜のあしたを黎明から呼び歩いて、『納豆ゥ納豆、味噌豆やァ味噌豆、納豆なつとふ納豆ッ』と、都の大路小路に其聲を聞く時、江戸ッ児には如何なことにもそを炊きたての飯にと思立つては其儘にやり過ごせず、『ォゥ、一つくんねえ』と藁づとから取出すやつを、小皿に盛らして掻きたての辛子、『先づ有難え』と漸く安心して寝衣のまゝに咬え楊枝で朝風呂に出かけ、番頭を促して湯槽の板幾枚をめくらせ、ピリヽと来るのをジッと我慢して、『番ッさん、ぬるいぜ!』、なぞは何處までもよく出来てゐる。

落語にも頻出する「味噌豆」は、炒った大豆に味噌をまぶしたスナック風の食物。文字面からも、納豆と味噌豆を呼び売り歩く納豆売りの声音が聞こえてくるようだ。炊きたてのご飯、藁づとから出したばかりの納豆、掻きたての辛子――と、性急とも取れる江戸っ子の気性にぴったり。食後、そのまんま朝風呂に飛び込む訳で。

この後、熊さん八公のような江戸っ子の常連客が、熱い風呂に入って茹だりながら、丁々発止の掛け合いを始める。サゲは「肚の綺麗なわりに口はきたなく、逢ふとから別れる迄悪口雑言の斬合ひ。そんなこんなで存外時間をつぶし、夏ならばもう彼これ納豆賣りが出なほして金時を賣りに来る時分だ」と相成る。夏場に納豆売りが扱った商材の「金時」とは、金時かき氷のことだろうか?

参考文献:柴田流星『残されたる江戸』(洛陽堂)

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小豆の豆腐でなければ

安楽庵策伝(1554〜1642年)は、江戸時代初期の浄土僧・茶人・笑話作者。「落語」の祖とも呼ばれるのは、策伝の著した『醒睡笑』に落語の元ネタがふんだんに盛り込まれているから。京都・誓願寺竹林院の住持を務め、後に茶室・安楽庵を結ぶ。話し好きで社交好きな僧というイメージを得れば、精進料理であり、ちょっとした庶民の贅沢品(?)でもある豆腐がその著作中に登場しても不思議ではあるまい。なるほど、読み進めれば、豆腐を扱った小噺がいっぱい出てくる。

すぐれてしはき者の、たまたま得たる客あり。「何をがなと思ひても、在郷の風情なれば、心ばかりや」といふ処へ、「豆腐は、豆腐は」と売りに来れり。亭主、「豆腐を買はん。さりながら、小豆の豆腐か」。「いや、いつもの大豆(まめ)ので候」と。「それならば買ふまい。めづらしうあるまいほどに」と、亭主の口上、作為あるやうにて、とかくきたなし。

この挿話は、「巻之二」の「吝太郎(しはたろう)」と題された章に収められている。吝嗇な人、けちな人物を面白おかしく取り上げた個所である。

大変なけちん坊の下に、たまたま客があった。けちな亭主の言い分は「何かもてなしたいとは思うけれど、田舎のことだから、大したこともできなくて」とまことしやか。そこへちょうど豆腐屋が通りかかり、「豆腐は(要らないか)」と売り声を上げる。亭主は素知らぬ顔で、「豆腐を買おう。しかし、小豆の豆腐だろうな」と豆腐屋に問う。小豆で豆腐は作れない(「小豆の豆腐」という例えもある)。「大豆で作った豆腐です」との返答は了承済み。亭主は客の前で見栄を張り、「大豆で作った豆腐なら買わない。珍しくも何ともないし」と出費を免れた次第。策伝は続ける。

「人の性 平らかならんと欲すれば、嗜欲これを害す」と『淮南子』にも書きたり。

きたなし(=「欲深い」くらいの意味か)に対する浄土僧らしい注釈だろうが、さて、問題は『淮南子』から引用した点。『淮南子』は漢の時代の淮南王・劉安の撰。劉安といえば、豆腐の製造法や道具を時の朝廷や諸侯に献上し、豆腐の始祖とも目される人物。ただ節制を説くだけならば、他の典籍からでもよいものを、わざわざ『淮南子』を持ち出したところに、豆腐のルーツにまつわる連想が働く。策伝の豆腐についての基礎教養が窺われないだろうか? 

参考文献:安楽庵策伝『醒睡笑(上)』(岩波文庫)

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座禅大豆

安楽庵策伝(1554〜1642年)『醒睡笑』「巻之六」の内容は、児(ちご)の噂。天台・真言宗などの寺院には、児と称する童子がいた。僧侶の男色の対象とされ、「児(ちご)」は寵愛する少年の呼び名にもなったという。

同時代には、“児物語”と称する同性愛を綴った(現代で言うところのBLか)小説も出現している。もっとも、児の噂がすべて男色ネタということもなく、欲を張っての失敗談など、微笑ましい話柄にも事欠かない。

ある法師のもとより、二人おはして遊ばるる児のもとへ、座禅大豆を少し送りたりしことあり。大児(おおちご)嬉しげに手を出し、憚らずつかまんとしけるを、小児ちやくと手をとらへ、「そのやうに不得心な風情、陰より人の見る目をもかへりみ給へ」とて、箸を二膳とり来り、一膳を渡し、「大児役に、そなたは二粒づつおまゐれ。われは小児役に、一粒づつ給はらん」といふ。はさむに、大児はともすればはさみはづし、小児の矢さきはづれず、ほしりほしりと当りしことよ。

ある法師が2人の童子に座禅大豆を送り届けた。(年齢か、体格かはわからないが)大きな童子が喜んで、豆を手づかみに食べようとしたところ、小さな童子が邪魔をした。他人の目もあるかもしれないのに、そういう無作法な食べ方はよろしくないとたしなめる。なるほど、ごもっとも。手づかみで勢いよく食い散らかせば、大児の取り分が多くなるだろうとの、こすっからい計算を内に秘め。小児の提案は、箸で食べようというもの。しかも「大児は大きいのだから、1回に2粒ずつ(箸で摘まんで)頂く。自分は小さいから1粒ずつ頂こう」と。目先の得に心弾ませ、箸を伸ばす大児だが、2粒同時に豆は摘まめず。一方で、しっかりと狙いどおりに1粒ずつ豆を摘まんで食する小児なのだった。

「座禅大豆」とは、黒大豆を甘く煮しめた物。座禅の時に食べると小用を少なくする効用があるとのいわれから、この名前が付いたとか。現在もいくつかの国語辞典等に、「座禅豆(ざぜんまめ、ざぜまめ)」の名を確認できる。黒大豆は、大豆の豊富な健康機能性成分に加え、ポリフェノールの一種、アントシアニンも含まれるため、何かと効能は多く、古人も漢方として使用するなどしていた。夜間頻尿の改善にも役立つらしいから、座禅の際にも具合が良かったのだろう。

参考文献:安楽庵策伝『醒睡笑(下)』(岩波文庫)

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たまに「考える人」、歴史探偵。
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