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不届き至極なこんにゃく栽培

昔も今も、地道にこつこつと頑張る人がいる一方で、煮ても焼いても食えないけしからぬ人も……こんにゃく芋を伝統食品として成立せしめた日本人の知恵を、爪の垢ほどでも煎じて飲ませたい。ところが、その知恵にしたところで、悪い方向へ働かせるものだから、余計にけしからぬ訳でして。今回は大正末年に現れた、こんにゃく芋をネタにする大ぼら吹きの話。東京・巣鴨町に急遽、事務所が構えられました。その名も「大日本農会製産社東京蒟蒻会」。会長は山岸嶺峰と名乗り、目的は「良い蒟蒻をつくる」ことらしく、会員募集のための新聞広告をしきりに打っておりました。

元来、こんにゃく玉(こんにゃく芋)は栽培法が難しく、その分利益が多いことを見込んでの栽培法の教授だったから、だまされた地方の方々も少なくありません。規定の入会金(1円86銭)を納めると、会員証と一緒に「蒟蒻栽培法講義」という薄っぺらい冊子と種芋が送られてきます。この冊子を開いてみると、冒頭から時の貴族院議員に始まり、子爵や陸軍大将や博士といった連中の写真や経歴。続いて会員の礼状(体験者の「喜びの声」?)、こんにゃく玉の注文についての質疑応答。肝心の栽培法については、末尾3〜4ページに申し訳程度が載っている、と。

「蒟蒻玉の植付時期は四月上旬より、五月下旬までを良しとす。栽培地は湿潤な土地悪し、砂地の傾斜地を良しとす。種玉植付の間隔は広きよりも狭き方が却つてよし。二年生の種玉を春に植ゑつければ秋期に収穫出来るが、一年生は尚翌年も培養を要す……」と至極当たり前。2年生でこんにゃく芋が収穫できると記した直後、1年生はもう1年栽培する必要があるとの念押しは、読者を小馬鹿にしています。そうした栽培法の要諦が何かといえば、「土地の性質の如何と手入れの良否によって決せらる」と結ばれ……昔も今も(商材は変われど)悪徳通販のやり方は似たり寄ったりだと感心。

最初会員に送られてきた種芋がまた、2年生玉1個、1年生玉2個だけ。1円86銭どころか、10銭でももったいないほどの品質。しかも東京蒟蒻会では、栽培者からの買い入れは斤量に応じて行うそうで、会員からのさらなる種芋の注文に対しては、1箱(ミカンの空き箱くらい)9円というべらぼうな値付けで応えます。会員が(まかり間違って)栽培したこんにゃく芋を送り返してこようと、種芋を追加注文してこようと、東京蒟蒻会会長の懐は決して痛まないからくり。

参考文献:黒頭巾『法網を潜る人々』(大東書院)
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ジャンル : 学問・文化・芸術

またの名を「から糸」

江戸時代後期になる『嬉遊笑覧』は、喜多村筠庭(1783〜1856年)の著した随筆。筠庭は国学者・喜多村信節の筆名のひとつで、当時の風俗を知るには貴重な史料だ。書中、納豆の種類もしくは呼び名を挙げると、浜納豆、さぜん(座禅)納豆――おそらくは座禅大豆(2011年11月「座禅大豆」参照)と同じ効用から食された寺納豆の類か――、たたき納豆、寺納豆に続けて、「から糸」の名が記される。そこで引用されるのが、あの安楽庵策伝『醒睡笑』。から糸が現れるのは「巻之八」の「かすり」において。かすりとは、元の語の音をかすめて、別語に仕立てる技巧。要は、駄洒落である。

座頭の琵琶負うて来るを見つけ、おどけ者が「なつとの坊はいづくより、何処へお通りぞ」。「わらの中にねてから、糸ひきに行く」と。

琵琶を背負った座頭の坊(「座頭市」などで連想してもらえるように、琵琶や按摩などを生業にした者)がやって来るのを目にしたお調子者がしゃれのめす。「座頭(ざっと)」と「納豆」を掛けた訳。ところが受け答える座頭の坊が上手だ。わらの中に寝るとは、わらの中に寝る農民のように見すぼらしい様を自ら笑い飛ばすとともに、わらづとで作られる納豆に引っ掛けた。納豆を発酵させることを「寝かす」というのも念頭にある。また糸を引くから糸引き納豆というが、座頭の坊もまた琵琶の弦(糸)を引く。何とも当意即妙の返答ぶりで、この座頭の贔屓客は多かったに違いない。

上掲のエピソードの後、歌「見た所 うまさうなりやこの茶の子 名は唐糸というてくれなゐ」と解説を付けた。「唐(から)糸」が納豆の別名として使用されている。歌意は「見たところ、このお茶請けは美味しそう。名前は『から糸』と言ってくれないか」。後の句で「辛いと言って(顔も)紅色になる」と、策伝がしゃれのめしているのも面白いが、納豆が辛いというのは薬味に唐辛子(2011年9月「唐辛子と納豆」参照)などを使い過ぎたのではないか?などと想像を誘う。

※「筠」は、「竹」冠の下に「均」

参考文献:安楽庵策伝『醒睡笑(下)』(岩波文庫)

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紅葉豆腐の謎

安楽庵策伝の『醒睡笑』「巻之五」に「紅葉」という語を洒落に用いたエピソードが見られる。東の奥より都にのぼりたる人あり。さる古寺に立寄り院主に参会し、物語など時過ぎけるまま、菓子持ち出でて小姓を呼び、「いかにもお茶をもみぢにたてよ」とありしを、客、「なにたる仔細にや」と問ふ。「ただこうようにといふ事なり」と。

お茶を「紅葉(もみじ)」にたてるという言葉遊びの様が描かれている。「紅葉(もみじ)」=「紅葉(こうよう)」=「濃くよく」たてるという意味である。ここで思い出されるのが、近世の黄表紙に登場した妖怪、豆腐小僧の特徴――豆腐小僧の持った盆の上に載った豆腐には、紅葉の葉が付いている。これもまた「紅葉(こうよう)」=「買うよう」という洒落だという説が一般的。だが『川傍柳』に載る古川柳「豆腐に紅葉これといふ言はれなし」が指摘するように、「買うよう」ならば、別に何だってよいではないか。棒手振りの商いにしたって、豆腐でなくとも、納豆、蒟蒻などより取り見取り。

「紅葉(買うよう)」と結び付けられるものが、なぜ、豆腐でなければならなかったのか? 
紅葉豆腐の謎

明治5年(1872)に発行された『豆腐集説』なる書物がある。片桐寅吉・述、榊原芳野・記による豆腐の名称、由来、名産地、種類、製造法、調理法などが記録され、近世の豆腐に関する貴重な資料。製造用具を図と共に掲載したページでは、型箱の底板のが描かれ、「〓樹」の葉に似た穴があるのは水切りを良くするためという説明書き。「〓樹」とは、まさしくモミジ、カエデを指す。つまり、紅葉豆腐は、「紅葉」の洒落から作られた後付けのイメージではなく、元々、豆腐に付いていた型箱の底板の跡をモミジに見立てたことになる。

貞享元年(1684)刊の大阪・堺市の地誌『堺鑑』には、堺の豆腐は名物で「紅葉豆腐」と名付けられているとの記述がある。ここでも堺名物の「桜(鯛)」に対する紅葉、「買うよう」の地口などの理由付けが図られるが、元々、モミジめいた模様が豆腐に記されていたと考えるのが自然であろう。ところで堺は、安楽庵策伝が文禄3年(1594)から2年ばかり正法寺第13世住持として過ごした土地でもあった。策伝の時代に、紅葉豆腐があったかどうか。

※「〓」は「木」偏+「戚」

参考文献:安楽庵策伝『醒睡笑(上)』(岩波文庫)

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麹菌とテンペ菌のプロテアーゼ活性

味噌・醤油の醸造に使用されている麹菌(Aspergillus属)とテンペ菌(Rhizopus属)を蒸米と蒸煮大豆の原料に生育させ、主に大豆たんぱくの分解に関与すると考えられる各種酵素の活性を中心に、両菌株の間で比較検討を加えた。テンペとは周知のとおり、インドネシアの無塩発酵大豆食品。生育量(菌糸の量)の指標となるグルコサミン量については、大豆麹のグルコサミン量が米麹の2倍前後ある。また麹菌、テンペ菌とも、蒸米より蒸煮大豆の方が生えやすい。

大豆雑学(201112)

(麹菌など)アスペルギルス属の生育や酵素生産のためには、C/N比――原料中の炭水化物(C源)と窒素(N源)の割合――が重要になる。米麹の原料白米はC源が多く、N源は少ない。逆に大豆麹はN源が多く、C源が不足する。N源が増すとアルカリ性や中性プロテアーゼの生産も増加するが、酸性プロテアーゼは減少する。米麹のプロテアーゼの主体が酸性プロテアーゼであるのは、N源が少なくC/N比が高いため。大豆麹ではC/N比が極めて低いため、中性〜アルカリ性プロテアーゼが主体を占める。

一方で、(テンペ菌など)リゾープス属の米麹では酸性プロテアーゼが特に高く、大豆麹では酸性〜中性プロテアーゼの差異が見られない。アルカリ性プロテアーゼについては、米麹、大豆麹とも低い。よって、リゾープス属はアスペルギルス属と異なり、米や大豆など原料のC/N比が異なっても、プロテアーゼのバランスに変化はないとみられる。

【注】グルコサミン(C6H13NO5)とは、グルコース(ブドウ糖。別名デキストロース)の一部の水酸基がアミノ基に置換されたアミノ糖のひとつ。麹菌やテンペ菌の菌糸には、グルコサミンが含まれている。また、プロテアーゼはたんぱく質分子のペプチド結合を加水分解する酵素。

参考文献:今野宏さん((株)秋田今野商店社長)の特別講演「日本人の食生活を守る大豆発酵食品の歴史と役割」より

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たまに「考える人」、歴史探偵。
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