ホッピーの呑み方

20年ほど前(?)は関東ローカルだった印象の強いホッピーですが、
大阪でも、置いてある居酒屋は徐々に増えてきているかと思います。
よく見かけるのは全国展開しているような居酒屋チェーン店のメニューとなるので、
まだまだ、関西圏に根付いているとは言えないかもしれませんけれども。
時々ぼくは、関東地方のリーマン気取りで、ホッピーを呑みたくなります。
最近では、十三で「大阪プロレス」観戦の帰りに「昭和大衆ホルモン」で、
あるいは同人の定例合評会後の二次会の席などで、ホッピーを注文しました。
       ☆
念のため、「ホッピー」とは何かと言えば、「コクカ飲料
……現「ホッピービバレッジ」から1948年に発売された
麦酒様清涼飲料水”のこと。ビール様の清涼飲料水
ですから、これだけでは酔えません。大抵は焼酎で割って
呑むので、ホッピー自体は割り材という位置付けですが、
焼酎で割った物も「ホッピー」と呼び習わされています。
(厳密に表現すれば、「焼酎のホッピー割り」でしょう)
お店ではホッピー自体を「ソト」、焼酎を「ナカ」と呼びます。
最初の注文時、栓を抜かれたホッピー、氷と焼酎の入った
ジョッキが運ばれてくるので、自分でホッピーを注ぎ入れます。
通常、どのくらいの比率で呑むのか、知りませんが、
呑んだくれのぼくは、ホッピー1本でナカ5~6杯ほどの比率。
2杯目以降のオーダーだと、ホッピーは手元に残っているので、
「ナカ、お代わり!」みたいな言い方をして注文します。
ホッピーを知らない関西人からは、「何、それ?」と現在でも
不思議がられることがよくあります。頑張れ、ホッピー! 
 
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tag : 呑む

海のある奈良

11月の「二人の読書会」の課題が有栖川有栖と決まってから、
“作家アリス・シリーズ(火村英生シリーズ)”にも手をつけており、
『46番目の密室』やら『乱鴉の島』やら……と読み進めています。
パズラーとしてフェアな構成を意識するあまり、どうにも、人物造形が浅くなる
……とどのつまりはいずれの作品も、犯人の動機の必然性が低くなる
という弱点は抱え込んでいるのですが(逆から言うと、何者であろうと、
犯罪へ手を染める傾向は均等に存在する、というシニカルな人間観の表れ
とも言えます)、読破する冊数が増えるに従い、大阪出身の推理作家の
ばらまくネタに親近感を覚えつつあるのか、趣味嗜好が被っていると気付かされ。
       ☆
特に『海のある奈良に死す』では、数十ページ単位で、知ってる、知ってる!
そう、そう!と馴染みのあるネタの連続に、独りでにんまりしてしまいました。
以下に、主要な物だけでも羅列していきますと――。
 ●若狭の八百比丘尼の伝説、人魚の肉
 ●福井県小浜市「羽賀寺」の十一面観音立像白洲正子『十一面観音巡礼』
 ●奈良県「東大寺」二月堂の“お水取り
 ●クライブ・バーカー原作のホラー映画『ヘルレイザー3』
 ●オスカー・ワイルド『ドリアン・グレイの肖像』
 ●和歌山県橋本市学文路(かむろ)刈萱堂」の人魚のミイラ
中島らもも大絶賛していた「ヘルレイザー」シリーズは、マイ・クラシックですし、
『日本妖怪図鑑』などを読んで育ったぼくには、人魚のミイラも旧知の物件。
ただ学文路については、高野山へ詣でる際に通過してばかりいたことを省みて、
近々にでも足を運んで、じっくりと拝見させていただきたいなあ、と考えています。

参考文献:有栖川有栖『海のある奈良に死す』(角川文庫)

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ジャンル : 小説・文学

tag : 小説 仏像 映画

「美舟」の夜

土曜日だからといって、休める訳もなく、業務に就いていた。
通常ならば、定時の21時に上がれるはずもなく、残業必至。
ただし、この夜はどうしても迎えに行かねばならない人がいたから、
何があろうとも、21時には撤収すると申し送り、根回しを遂行していた。
大阪市北区曽根崎の事業所を飛び出すと、矢も盾も堪らずに電話を入れる。
この世界に善悪は無く、画然とした善人も、悪人も見出せないかもしれない。
にも関わらず、ある種の状況に、ある種の輩を投じれば、トラブルは生じる。
ある意味、この世は常に地獄のポテンシャルを抱え込んでいるのだ。
誰が悪いといった犯人探しをしなくとも、いつだって、“悪”は勃発し得る。
これ以上、悪いことが起きないように手を尽くすことが一個人の手に余るのならば、
せめて、大切な人らを守り切れるだけの時間をぼくに与えてください。
曽根崎警察署の前で、無事に身柄を確保できた人を連れ、阪急東通商店街へ。
昭和23年創業の「美舟」の暖簾を潜り、お好み焼きと焼きそばを頼み、瓶ビール。
ぼくの力は衰えていないか? 事があれば、ぼくはすぐさま駆け出せるかしら? 
酔い覚ましに、イルミネーションに彩られた茶屋町の「阪急村」を散策し、
改札口まで見送った後は独り。狭いしがらみにおけるエントロピー増大に抗うよ。

テーマ : ご当地グルメ
ジャンル : グルメ

tag : つぶやき 呑む

岡山の橋(2)

岡山_鶴見橋 岡山市の橋の話の続きです。岡山県を流れる
 一級河川、旭川岡山城の北面から東背後を
 堀代わりに蛇行しています。旭川の対岸には、
 「岡山後楽園」が設けられています。
 岡山市北区出石町から旭川の上に架かるのが
 「鶴見橋」。現在でも、丹頂鶴が鶴舎で飼育
 されるように、江戸時代から後楽園と切っても
 切り離せない鶴に因んだネーミングでしょう。
 後楽園側で目についたポストの上にも、
2匹の夫婦鶴のオブジェが飾られていました。
       ☆
後楽園から「夢二郷土美術館」に行こうとすれば、岡山_蓬莱橋
後楽園北口まで「蓬莱橋」を渡る必要があります。
鶴見橋の設計が田島治二、高欄・意匠が武田五一
であるのに対して、蓬莱橋自体は今ひとつ、
特徴のつかみづらい橋のような気がしましたが、
蓬莱橋周辺から眺める旭川の河川敷の様子は、
花見やBBQの場所としてはうってつけと思われました。
また蓬莱橋の袂、現在の夢二郷土美術館の駐車場の
辺りに、「西大寺鉄道」(軽便鉄道)の後楽園駅
存在した模様。“西鉄(さいてつ)”は、地方鉄道として
日本唯一の914mm 軌間を持つ鉄道だったとのこと。
昭和37年(1962)、JR赤穂線の開通を受け、
競合を避けるために廃線――と、Wikipedia などの記述。
       ☆
月見橋から岡山城 後楽園と岡山城の間に最短で架かるのが
 「月見橋」となります。鶴見橋同様に、
 お月見スポットとして最適といった理由から
 名付けられたのでしょうか? 旭川の水面に
 映る月、あるいは夜空に黒々とそびえる烏城
 (=岡山城)を照らす月……様々な絵になる
 情景が思い浮かぶのですが、この昭和29年
 (1954)に完成した全長115.2m、幅員3mの
 鉄筋トラス橋、デザインが不評といわれ続けて、
改修の声が根強いとか。機能美はありますし、
日本の城だから橋も“和”のデザインを、みたいな発想の方こそ、ステレオタイプで
やれんなあ、と。解剖台の上での、ミシンと雨傘との偶発的な出会いのように
美しいと現状肯定するつもりは何もなく、半世紀以上も責務を果たしてきた建築物を
この期に及んで、腐したり、貶したりするのが、ただ可哀想過ぎると思うのであります。

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 建築

ダリの夏

この夏は、ダリ展に明け暮れていた気がします。チュッパチャプス
「京都市美術館」で開催された「ダリ展」、
「京都文化博物館」での「ダリ版画展」の
いずれも濃い世界を堪能させていただきました。
立冬(11月7日)を前にして、夏を偲ぶといった
意味合いでもありませんが、11月の読書会の
課題テクストは有栖川有栖『ダリの繭』
サルバドール・ダリを直接的に扱っている訳では
なかったのですが、かの芸術家に心酔していた
宝石チェーン社長が、“繭”を髣髴とさせる
フロートカプセルの中で、変死体となって発見された謎を追う本格ミステリー。
いわゆる“作家アリス・シリーズ(火村英生シリーズ)”としては2作目に当たります。
       ☆
ちなみに、スペイン・バルセロナで誕生した棒付きキャンディ「チュッパチャプス」の
ロゴをデザインしたのも、サルバドール・ダリ。チュッパチャプスの考案者、
アンリック・バルナットが1969年、ダリにデザイン画を依頼したそうです。
日本では現在、「クラシエフーズ」が輸入・販売を手掛けていますね。
……チュッパチャプスで思い出すことといえば、1995年のアメリカ音楽賞(AMA)。
「We Are The World」発表10周年を記念し、授賞式に出席したアーティストらが
仲良く合唱を始めた際、殿下一人は参加拒否。皆と一緒に歌うどころか、ステージ上で
チュッパチャプスを舐める始末で、(クインシー・ジョーンズだったか?)お前も歌え!と
マイクを突き出してくる相手に対して、無言で、チュッパチャプスを差し出すのでした。
禅問答かよ!……そんなお茶目な殿下が愛おしく、大好きでした。I’m so into...

参考文献:有栖川有栖『ダリの繭』(角川文庫)

テーマ : 読書記録
ジャンル : 小説・文学

tag : 小説 美術 おやつ 黒い音

Betty Davis

 随分と前から入手済みの Betty Davis 、幻の音源
 『The COLUMBIA YEARS 1968-1969』のCD盤、
 なかなか聴く時間が無くて……時間? いやいや、
 心の余裕が無くて、という方が正確でしょう。
 野郎でもここまでキレキレは無理っ! と戦慄すら覚える
 生粋のファンカティアーベティ・デイヴィスなのです。
 ごりごりの弩ファンクが好きと公言して憚らない
 ぼくですが、このところ多忙続きで、気力・体力が
 落ちているような気がしていて、ベティを聴くことに……
 女傑の音と向き合うことに、身の危険を感じていた
 と言えば、大袈裟に聞こえるでしょうか? 元モデルにして、
 マイルス・デイヴィスの一年妻。彼女を介することで、
 マイルスはスライ・ストーンジミ・ヘンドリックスを知り、
 マイルスのファンク時代が到来することになったのですが。
 そんなマイルスとベティの蜜月時代に、スタジオ入りして
制作された楽曲群が発掘されて、リリースされた訳です。1968~1969年という
制作時期は、マイルスの、あの『Bitches Brew』録音の3か月前だそうです。
『Bitches Brew』と同じコロンビアのスタジオで、マイルスとテオ・マセオが総指揮。
すわ、どろどろ、ぐちゃぐちゃの暗黒ファンクが展開されるかと覚悟を決めていたところ、
一聴、あれ?と肩透かし。1st、2nd アルバム等で聴けるドスの利いた唱法も無くて、
軽快なファンク・ロック調の演奏をバックに、むしろ、初々しいとでも表現したくなる
彼女の声音が切々と響いてきます。実のところ、ベティの毒気が薄まった時期の
お蔵入り盤『Crashin' From Passion』(1979)中の妖艶にしてセンチメンタルな
ナンバー、「She's A Woman」が大好物なぼくとしては、これも有りかなあ、と。

テーマ : Soul, R&B, Funk
ジャンル : 音楽

tag : 黒い音

方向指示器

10月の読書会の課題テクストは、マイ・クラシックの最たるものでした。
その『人間失格』、「第一の手記」の劈頭では、停車場のブリッジ
地下鉄道が、垢抜けのした遊戯、風変わりで面白い遊びでは決してなくって、
敷布・枕のカヴァ掛布団のカヴァなどと同様に、実利的な必要性から
案出されたものだと知り、にわかに興が冷め、人間のつましさに暗然とし、
悲しくなる――といった告白が行われます。ただただ、プラクティカルでしかない
ものへの懐疑が語られているようであり、重苦しい(人間的な)意味から解放された
物自体への憧憬の念が吐露されているようでもあり。何かのための物でなく、
その物としていかようにもあり、共に戯れるものとしての在り方/流れ方……。
       ☆
読みながら思い出していたのは、自動車のウィンカー方向指示器)のことでした。
若い頃、それもかなり長じるまで、ぼくは走行中の自動車がどちらへ曲がるのか? 
予知することが出来ませんでした。「予知」や「予見」といった言葉を用いるのは
妥当でないかもしれません。正直に言うと、自動車が右左折、進路変更する際に
方向指示器で変更方向を示す、ということを(或る時期まで)全く知らなかったのです。
学生時代、日払いのアルバイトとして交通警備員を務めたことがある訳ですが、
赤旗/白旗を持って交差点に立った時、次に来る自動車がどちらへ曲がるのか? 
真剣に悩みました。その後、数時間、鼻先を通り過ぎて行く一台一台の車を観察し
続けた結果、ようやくにして、方向指示器の意味が天啓のように降りて来たのでした!
       ☆
となると、その日までのぼくは、走って来る自動車が一体どちらへ曲がるのか? 
皆目予測できていなかった……ということになり、そもそも現在ですら、眼前を行き交う
自動車がどういう動きをしようが知ったことではない、という意識が根強いようでして。
ちなみに、方向指示器は「ウィンカー」のほか、「ターンシグナルランプ」との
呼称が一般的になりつつあり、米国英語で「blinker」「turn signal」、英国では
「(directionalindicator」と表記されるそう……show me the way.

参考文献:太宰治『人間失格』(集英社文庫)
       太宰治『直筆で読む「人間失格」 』(集英社新書)

テーマ : 読書記録
ジャンル : 小説・文学

tag : 小説 読書会

岡山の橋(1)

岡山県倉敷市の橋について触れた以上、岡山_西川橋
岡山市の橋についても触れておきましょう。
(ただ一日歩いただけで、目に留めた橋に限りますが)
知ってのとおり、岡山は桃太郎の縄張りですから、
岡山駅に始まり、あちらこちらに桃太郎および
その眷属の銅像が建ちまくっている状態です。
岡山駅前から岡山電気軌道・城下駅までを結ぶ
目抜き通りは「桃太郎大通り」と呼ばれ、
その通りを南北に流れる西川に架かっているのが
西川橋」となります。大通りがそのまま走っている
観が強くて、橋のイメージが皆無です。ともすれば、
道路の下を用水路か何かが流れている風にしか
受け取れませんが……通りの東西で随分と懸け離れて
いるように感じられますが、橋の欄干の四隅に4体のブロンズ像が建っています。
もちろん、「ももたろう」「いぬ」「さる」「きじ」でして、蛭田二郎氏の制作でした。
橋の東側には北村西望氏の「若き日の母」像、西側にはメルヘンな西川交番
       ☆
ところで、北村西望といえば、ぼくのお世話になっている「大阪府立中之島図書館
中央ホールの壁面に立つ2体の彫刻、「野神像」と「文神像」の作者でもありました。

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 建築

橋を渡る

10月23日(日)、大阪の中之島公会堂(通称)にて、同人の定例合評会。
毎月の開始時刻はそれほど変わらないはずですが、夏が終わり、
秋が深まるにつれて、日が暮れるのも早まっているものですから、
街の明かりが気になり出す季節です。Xマスのイルミネーションこそまだですが、
中之島界隈に架かるのライトアップは心に染みてくるようでした。
(前日も、急に「橋が見たい」と言う人を連れて、中之島周辺を案内したばかり
……水晶橋鉾流橋栴檀木橋淀屋橋大江橋などを眺めています)
肝心の月旦の対象は、小説2作品。一方の作品は、明示はされていませんが、
往年の京都府舞鶴市を舞台とした青春小説風。市街地の通りの名に
軍艦名が使用されているだけで、ついつい「艦隊これくしょん」を想起したりして。
作品のコアに据えられた謎が解かれないままで終結し、仮に解かれたにしても、
それほど意外でなさそうに思われる点が、残念なところかもしれません。
もう一方の作品は、**業界の内幕を取り上げたモデル小説。
プライバシー権の扱いに関してナーバスにならざるを得ない手法で作られており、
作者の鬱積した思いは伝わってきますが、起点となる主人公のピュアな思いが
通俗的な人間集団・組織内でありがちな内紛、軋轢によるルサンチマンに
シフトされていった観も強く、わざわざ小説化する意味がどこにあるのだろう?と。
いずれの作品も、興味深い着眼点、面白いシーンには事欠かないので、
何らかの形で活かし、昇華させてもらいたいのだけれど……と頭を悩ませます。
合評を終えた後は、同人の有志3人で「坐・和民」に上がり、二次会となりました。
土・日曜日の淀屋橋駅周辺で営業中の居酒屋となると、選択肢が少なくてねえ。

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

tag : 同人 呑む

倉敷の「今橋」

今橋02 「大原美術館」の前を流れる倉敷川に架かっているのが
 「今橋」です。元々運河として使用されていた倉敷川は、
 昭和34年(1959)、児島湾締切堤防の完成によって、
 (同堤防によって出来た児島湖日本最初の人造湖
 運河としての機能を喪失。しかし、昭和43年(1968)
 以降、整備が進められ、昭和54年(1979)には晴れて、
 倉敷川畔が晴れて重要伝統的建造物群保存地区
 指定されました……工業開発と裏腹に並行して、
 伝統保存の動きが出てきたようにも読めますけれども。
        ☆
 今橋自体は当然ながら、美観地区が成立するより随分と
 前に建造済みです。大正15年(1926)の天皇訪問に
合わせて建てられたそうで、デザインは児島虎次郎
やっぱり、そう来たか……と唸らざるを得ませんが、その設計を命じたのが大原敬堂
(=孫三郎)となります。黄金コンビというか、最強タッグ・チームの風格ですね。
       ☆
さて、今橋の欄干にはが彫られています。
今橋03
今橋01

ぼくは実地に数えるのを怠ってしまいましたが、
花崗岩の欄干の内外各面が5区分されており、
その1区画ごとに1体の龍が彫られているので
(内側は線彫り、外側は半肉彫り)、計20体の
龍が彫られていることになるようです。
犬飼亀三郎の『大原孫三郎父子と原澄治』
では、以下のように記されています。
       ☆
工芸美術に格別こりを持つ敬堂は、さっそく、児島虎次郎画伯に設計を命じた。児島の意中には、皇太子は天皇になられる方だから、めでたい意味で竜の模様を描きたい。また敬堂も“辰”年だから、このことも考えに加えてもいい、という構想ができたものと思う。その描いた絵は(中略)欄干をつなぐ十二本の石柱の頂には、皇室の紋章にちなんで、十二弁の菊花をあしらってある。これを下絵として、児島画伯のおいに当たる、東京美術学校彫塑科を卒業した故児島矩一が、石膏で実物大の模型をつくり、倉敷紡績株式会社建設課長の村木卓郎が現場監督となって石工に彫らしたのであった。
       ☆
高砂橋(旧今橋) ぼくも画像を撮影しながら、何故に龍なんだ?
 オリエンタリズム?と、怪訝に感じたのですが、
 吉祥としての龍……いや、パトロンが辰年だから
 というのは、非常にわかりやすくて良いです。
 ちなみに、現在の今橋に架け替えられた際、
 元の「今橋」は(旧)高砂町に移されたことから
 「高砂橋」と名を変え、さらには倉敷用水路の
 改修を受けて、昭和42年(1967)、現在地
 (美観地区南側)にまで移されています。
この高砂橋、慶長初期(1600年頃)に板橋として架設され、
天保年間(1830年頃)に石橋に架け替えられたそうですが、
由緒ある橋が現役として、大切に扱われている様に、何とも心を和まされるのでした。

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ぽか

Author:ぽか
通りすがりの夢想家。元(にして最後の)「トーヨー新報」編集人。現在は、一介の編集素浪人?



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「トーヨー新報」は、昭和33年(1958)創刊。大豆加工品(豆腐・油揚げ、納豆、豆乳、湯葉、凍り豆腐、もやし等)、こんにゃく、総菜業界をメイン購読者層に、月3回の旬刊紙「トーヨー新報」や業界関連データブック『豆腐年鑑』を発行。平成25年(2013)12月21日号、第1851号をもって終刊に至る。

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