プリンス本

殿下の訃報の後、国内外で数々の殿下の関連本が出版(再販)されている。
別に、読みたくはなかったんだ。
殿下に対する知識は、ゴシップから何から、大抵のことは押さえてきたもの。
何を今更、と思うものだから、手をつけないで、横目で眺めていた。
一部の文学者(例えば、太宰治)に対する敬慕の念にも似ていて、
あの人のことがわかるのは、ぼく(or 私)だけだ。
他の誰よりも、ぼく(or 私)だけがあの人のことを理解できる
……そう思わせる人だったんだ。
   I'm not a woman
   I'm not a man
   I am something that you'll never understand

そんな状態だから、一読しても、目新しいネタは一切皆無、
どこそこのページの何行目は事実誤認だ、酷い過ちだなどと、
アマゾン」のレビューでぶった斬ってやる!と逆上しそうになりかけ、
嗚呼、それは『BLACK ALBUM』を解き放つことと同義ではないか? 
『Lovesexy』(1988年)の本義に、ぼくらは立ち返るべきなのに、と猛省。
殿下について己の妄想を撒き散らす書き手らに、たぶん、ぼくは嫉妬していたんだ。
優劣勝敗を競わされるラット・レースからは、身を離さなければいけないよ。
どのような形であれ、愛しかない。ならば、それでいいのだ。

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テーマ : Soul, R&B, Funk
ジャンル : 音楽

tag : 黒い音

深江橋~谷六

同人誌の編集日程が押してきていて、気が気ではなく。
日々の糧を得るための業務に拘束されているため、
睡眠時間を削るしか手段は無いのですけれども……
相方の運転する車に乗って、大阪・深江橋に在る印刷所を訪ね、
次号の印刷・製本に関して、詳細の打ち合わせを行う予定でした。
が、担当営業との電話で、当日は到底会って話をする暇が無い、と。
扇町公園から乗り込んで、そのまま解散というのも何ですから、
印刷所の位置する深江橋界隈を流してもらい、次回に備えます。
阪神高速13号・東大阪線の高架下を西へ戻ると、森ノ宮で南へ折れ、
玉造で再び西進。谷町六丁目に在る「大阪文学学校」を急襲しました。
うちの同人誌の初期バックナンバーの在庫があるとの話を数週間前、
聞きつけていたのです。第3号を1部(=税込500円)、手に入れました。
(自分らで制作した物に、対価を支払うのも奇妙な感覚でしたが)
第3号は運転してくれた相方が欲しがっていたので、そのまま進呈。
過ぎてしまったものは記念碑であって、現在は闘いの渦中にいるのです。

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ジャンル : 日記

tag : つぶやき 同人

若冲逍遥

切れ切れの記憶の中から、伊藤若冲に関することが思い浮かんできます。
……そういえば、昨年(2015)6月23日に訪れた「あべのハルカス美術館」。
金刀比羅宮の宝物が展示された「昔も今も、こんぴらさん」において、
若冲の「花丸図」を鑑賞しているぞ、と。同展は他にも、円山応挙の襖絵
遊虎図」「七賢図」、高橋由一豆腐」といった眼福に恵まれた展覧会でした。

また、別の記憶から、若冲の技法の一つ“枡目描き”について。
モザイク画とも称されるこの技法は、西陣織の下絵、方眼線を引いた設計図
正絵(しょうえ)」からヒントを得たものと考察されていますが、
そこで思考の原糸は、過日訪れた「知恩院」の「友禅苑」に紡がれていきます。
先染めの色糸で織られた西陣織の模様と、白生地に染料で模様を染め出す
友禅染後染め)とは、織りと染めという全く別の技法ですが、よく混同されます。

若冲を観た後、友禅苑を訪ねた日は、西陣織 meets 友禅染を体現したのかなあ、
なんてことを思いつつ、Wikipedia などによると、宮崎友禅斎を“友禅染の始祖”と
呼べるかどうかについては、議論の余地があるみたい。江戸時代の元禄年間、
京都で扇絵として活躍し、“友禅模様”という名称の下、扇絵や小袖の雛形を
デザインした友禅ブランドの創始者といった位置付けで、間違い無いようですが。

西陣織と友禅染くらい、若冲から離れていってしまったなあ、と考えながら、
コンビニで入手した2冊の若冲本を見比べ、同じ「動植綵絵」全30幅とはいえ、
判型の違いを差し引いても、色味の違いから全く印象が異なってくることに
嘆息を洩らし、本当に当たり前のことですが、絵は現物を生で観なければ
と自分に言い聞かせるのでした。絵に限らず、仏像近代建築も同様ですが、
リアルな物を眼前にしたところで、照明(や自然光の状態)に大きく左右されて
しまうことを覚悟しておかなければならず、何であっても、一期一会ではあります。

参考文献:狩野博幸【監修】 ペン編集部【編】『若冲 その尽きせぬ魅力』(CCCメディアハウス)
      
監修/狩野博幸『若冲の世界』(宝島社)

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ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 美術 豆腐

そして、函館

……泥酔街道は続きます。大阪・天満は「天五横丁」でHamed_2016_11_25
かわむら」の隣のバー「サンセット」へ入りました。
(おそらく)1970年代のロック好きなマスターとは、
全く音楽の趣味が合わず、いつ入っても酔っ払いの
ぼくは、温厚で善良なマスターに執念く絡んでしまう
どうしようもない悪党に成り下がってしまうのです。
マスター、いつも申し訳ございません。3軒目には、しばらく
ご無沙汰していたラーメン屋「もりいち」も訪問。
女将と久闊を叙し、ミニ・ラーメンを摘まみ、さらに
ちびちびと呑み続けます。「もりいち」はラーメン屋の
皮を被った小料理屋でもあり、韓国料理系のアテも
用意できたりするので、何かと便利なのですね。
ふと周りを見回せば、呑んだくれのぼくが独り。

真夜中を過ぎる頃、どういった訳だか、ぼくが「店長」と呼ばれる店が
JR天満駅前に在りました。過去形です。酔っ払った時にしか訪れないため、
正式な店名も、大将の名前もきちんと記憶できていなかった訳ですが、
その宵は酔いの勢いを借りて、心覚えのあった雑居ビルに向かって行くと、
元世界チャンピオンが現れました……えっ?! ぼくにもよくわかりませんでした。
が、本能に任せて、ドアを開けると、そのまま階段を昇りました。
知らぬ間に新しく出来ていた、その「元世界チャンピオンが営むBAR」は
ふっくらと肉付きの良い体形のマスターと、その妻らしき女性の2人で切り盛り。
この「函館バー ハメド」のバーテンダーが、函館市出身の山口圭司さんです。

プロレス好きだったぼくも、ボクシングについてはあまり詳しくございません。
頂いた名刺から、山口圭司さんのプロフィルを転記させてもらうと――。
 1974年2月17日生まれ 北海道函館市出身
 デビュー/1992年
 生涯戦績/38戦29勝(11KO)8敗1分
 タイトル防衛回数/日本ライトフライ級3回、WBAライトフライ級1回

函館から来た男が、わざわざ、天満でバーを? 怪訝に思われるかもしれません
(実は、ぼく自身もそうでした)が、実は、ほとんど“大阪人”と呼べなくもないようでして、
この夜は、(また別の)“プリンス”と呼ばれる伝説の元チャンプとお近付きとなり、
皮切りにニッカI・W・ハーパー、最後はグランダッドを酌み交わしていましたよ。

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泥酔街道

阪神・芦屋駅_2016_11_25 芦屋市立美術博物館を出ると、阪神・芦屋駅へ。
 夕映えがぎらぎらと西の空を染め、命短し、今宵ばかりは
 今宵の酒を呑まねばならぬ、と梅田へ戻るや否や、
 JR大阪環状線に乗り換えて、地元・天満を闊歩しました。
 数日前に、おでんプログラムの再開を企むと同時に、
 鍋プログラムの再開も企図しない訳はなく、
 今回、「鍋プログラム(8)」を実施する店として、
 白羽の矢を立てたのが、数年ぶりの入店となる
 丹波 鍋ホルモンかわむら」です。昔は頻繁に
 利用していたなあ……と懐かしくなったのが、
 「トーヨー新報」食客日記過去ログを見て。
 同行していた相方が、過日、TVで紹介されていた
「かわむら」に行きたいと言うもので、案内したのですが。

丹波で特注したホルモン鍋(中心が丸く窪んだ鉄板)は「かわむら」_2016_11_25
昔と変わらず。若くて綺麗な女子店員を揃えている点も、
変わりません。ただ、店主が4年前から代わった模様。
丹波のオーナー(姉)の弟に当たるとか、聞いたような。
一方、オープン当初の店主はどこやらに移ったらしく、
現・店主がその以前の若い男性店主に対して、かなりの
こき下ろしよう。「マスター」でも「大将」でも何でもない!
と、客であるぼくにまで突っかかってくる感じで、どうにも
弱らされました。前・店主の言うこと、為すこと、何もかも
全否定する有り様に、ホルモン鍋はあの頃と変わらず
美味しいのだけどなあ……国産白ワインを空けながら、
サービス・マインドって何だっけ? 店の内情を客に
押し付けられても、困るんだよなあ、などと物思い。
予約無しで席に座れたのが奇跡のような繁盛具合でしたが、頑固親爺は苦手です。
その場は大人しく引き揚げたのですけれど、抑えた分だけ、内に籠もった酔いは……。

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tag : 呑む

吉原治良の挑戦

11月25日(金)、兵庫県の芦屋市立美術博物館を訪問。芦屋市立美術博物館(2016_11_25)
復元された小出楢重のアトリエが併設されているほか、
東隣には「谷崎潤一郎記念館」も建っているのですが、
目的は企画展「未知の表現を求めて 吉原治良の挑戦
でした。20世紀の前衛美術を代表する画家とされる
吉原治良(1905~1972)とはいえ、美術好きでないと
知名度は高くないような気もしますが、意外なところで
彼の作品は目にしているものです。ぼくも10月に訪れた
大原美術館」で、「白い円」を鑑賞していましたし。

倉敷では、実業家・大原孫三郎と画家・児島虎次郎の
幸福な関係に思いをめぐらせたものですが、吉原治良
という存在がまた、抽象画家である前に、実業家――
現「J-オイルミルズ」の前身となる油問屋の御曹司とあって、再び考え込まされます。
伊藤若冲も青物問屋の御曹司で、絵を売らなければ生活が成り立たない画家たちの
彼岸に位置する存在でしたが、吉原治良も似たような立ち位置に在ったようです。
売ろうとして創るのではない、生活の資を得るのが目的ではないとすれば……。

大阪市に生まれ、芦屋市に住まった吉原治良は「具体美術協会」を立ち上げるなど、
生涯を通して最先端の表現を追求した、その軌跡を約90点の作品から辿ってみよう
という、非常に熱の入った良い企画展示でした。最初から抽象画一本槍だった
訳ではなく、藤田嗣治に酷評されながらも、デ・キリコの影響を受けるなどして、
紆余曲折を経ながらも、彼独自の表現が培われていく様が、時代ごとに興味深く、
眼を悦ばせてくれます。また、映像として紹介された大阪万博での「具体美術祭り
など、舞台上のパフォーマンスも抱腹絶倒。観ている側だけでなく、演っている側も
本当に楽しそうなもので、つかの間の多幸感に灼かれました。時代なんでしょうか? 

ところで、今回の企画は芦屋市立美術博物館と大阪新美術館建設美術室による
共同企画。大阪新美術館は、大阪市北区中之島に2021年度中の開館を目指す
はずなのですが、もう十何年も先延ばしにされ続け、カフカの『城』が頭を過ぎります。
同準備室は約800点の吉原作品を所蔵し、国内外で最大級のコレクションだそうです。

テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 美術

Do It

11月23日(水)は、コンブリオのライヴに出掛ける予定が流れ、
何故だか、大阪・中津の「中も津屋」へ入っていました。
半年以上前、「鍋プログラム(4)」で利用させていただいたお店ですが、
おでんばかりでなく、鍋プログラムも再開すべきシーズン到来ではないか!と。
これをしよう、あれもしよう……と、計画だけは盛りだくさんで、
取りこぼさないようにしようと心掛けてはいるのですが、
諸般の事情から、流れてしまう時は流れてしまうのです。
(当月のジョージ・クリントンやコンブリオのライヴのように)
とかく、この世はままなりません。それでも、
ぐだぐだ言わず、黙々とやることはやる。
とにかく、やると決めたら、しつこくやり続ける。
遠くから石を投げて来る奴、陰口を叩く輩は、
放っておけばいい。他人に言われてではなく、
自分がやらなきゃいけないことをやっていくだけ。
日程的にかなり煮詰まってきたとはいうものの、
同人誌の編集もやる。焦らず、しっかりとやる。
……あ、中も津屋の“すじもつカレー”、美味でした。

テーマ : つぶやき
ジャンル : 日記

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提灯食堂

阪急電車・京都線の駅名「西院」の読みは「さいいん」、
京福電気鉄道・嵐山本線(=嵐電)の駅名「西院」の読みは「さい」。
嵐電に乗っていて、車内アナウンスで「さい」と聞いた時は、最初、
脳内に疑問符が駆け巡りましたが、ともかく、太秦広隆寺から西院へ移動。
阪急電車に乗り換えるための一旦下車ですが、夕飯も西院で取るか、と。
西大路通から高辻通を東へ折れて、「ライフ」の斜め向かい辺りに
マンボ飯店」が在ると調べていたのですが、17時にはまだオープンしておらず、
外観もカフェ仕様だったために、まんまと見落としてしまったらしく、
17時から店を開け始めた隣の「提灯食堂」に入ってしまったようなのでした。
一つひとつのメニューに、小技が効いていて、なかなか楽しいのですが、
決してインパクト勝負でなく、地元に在れば、ちょっと呑みに行こうか
となりそうな、使い回しの良さげな居酒屋でした。暖簾を上げた直後に
お邪魔したため、すぐに出てきそうなおでんなどをまず注文してみて、嗚呼、
ぼちぼち、おでんプログラムを再開してもよい季節ではないか!などと思い出し。
味も値段設定も悪くないけれども、土地柄のせいか、浅い時間帯から呑みに来る
お客はまだ多くなくて、それを幸い、気ままに熱燗をお代わりし続けていました。
大阪・天満のバル話で盛り上がったかも。締めに頂く揚げパンの仄かな甘味が○。

テーマ : ご当地グルメ
ジャンル : グルメ

tag : 呑む おでん

国宝1号≦泣き弥勒

知らない者は誰もいないのではないか広隆寺_弥勒菩薩像
と思われる京都・太秦は「広隆寺」の
木造弥勒菩薩半跏像宝冠菩薩)を
11月22日(火)、観に出掛けたのです。
広隆寺は、京福電気鉄道・嵐山本線=
通称「嵐電」の太秦広隆寺駅の真ん前に
位置しています。路面電車を下りると、すぐ
目の前にお寺の楼門が建っていて、びっくり。
国宝1号となる、あの弥勒菩薩像を所蔵する
古刹が、庶民的な町中に紛れて建っている様が
何とも言えず、奥ゆかしいようにも思われてきます。

当日は「聖徳太子御火焚祭」の日で、法要が営まれていた上宮王院太子殿
年に一度の公開日だったようですが、護摩供の跡を眺めただけで、ぼんやりとスルー。
太子殿の本尊、聖徳太子像は拝まずに終わりました(聖徳太子に、ごめんなさい)。
いそいそと歩を進めたのは霊宝殿。お目当ての木造弥勒菩薩半跏像に逢いたくて
……赤松の一木造で、高さ約124cm。教科書や図録でお目にかかる宝冠菩薩は、
斜め上からのカットですね。実際には壇上を見上げる形となり、何度も右から左から、
ためつすがめつ、拝観しましたが、ぼくに対しては怜悧で、謹厳な仏様の顔でした。
隣に坐するのが、宝冠菩薩と全く同様のポーズを取っている木造弥勒菩薩半跏像
(=宝髷菩薩)になりますが、国宝1号と比べれば、心持ち、稚拙にも見えかねない
宝髷菩薩の無防備な放心した(?)風情が、その日のぼくの気分には合いました。
宝髷菩薩の別名は「泣き弥勒」です。弥勒菩薩像らが安置された霊宝殿中央に
向かい合うようにして、大ぶりの木造阿弥陀如来坐像木造不空羂索観音立像
木造千手観音立像がどっしりと構えています。普段は厨子中で保存されている
薬師如来立像が特別公開され、脇を木造十二神将立像が守護する格好でした。
嵐電を下車し、霊宝殿に飛び込めば、国宝群に迫られる贅沢至極な空間なのです。

テーマ : 仏教・佛教
ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 仏像

信州⇔大阪

2016_11_20 11月20日(日)、同人の月例合評会に合わせて、
 中之島に足を運ぶと、年末のイルミネーションの
 一部が、既に煌々と輝き始めていました。
 この日は2作品を合評。一作は、己のスタイルにおける
 手だれに至ろうかとする局面を迎え、同人枠を超えた
 ステージを、ぼちぼち模索する時期なのかな、と。
 (同人を踏み台、単なるステップ・ボードと見做そうと
 しているつもりは決してなく、カウンター・アタック的な
 “保険”以上の価値も、創生できると考えています)
 もう一作は、同人という場を有効活用しており、
 さらに大きな展望を蔵している感触。
 どうしても、“合評”という手続きを介する以上、
手放しの褒誉がしづらくて、些少な難点をあげつらう形になってしまうのですが、
逆に、弄られなかった点は自信を持てば良し。“褒める”って、本当に難しい技術です。
今回は長野県から来阪した同人を交えて二次会。手近な「坐・和民」を利用した後、
いろいろと突っ込める餃子屋「味奉行」へ案内したかったのですが、日曜日のためか、
早仕舞い。365日24時間営業の居酒屋「かどや」で夜食を取って、お別れしました。

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

tag : 同人 呑む

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ぽか

Author:ぽか
通りすがりの夢想家。元(にして最後の)「トーヨー新報」編集人。現在は、一介の編集素浪人?



豆腐業界唯一の全国版専門紙
「トーヨー新報」は、昭和33年(1958)創刊。大豆加工品(豆腐・油揚げ、納豆、豆乳、湯葉、凍り豆腐、もやし等)、こんにゃく、総菜業界をメイン購読者層に、月3回の旬刊紙「トーヨー新報」や業界関連データブック『豆腐年鑑』を発行。平成25年(2013)12月21日号、第1851号をもって終刊に至る。

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