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芸の虫に高野豆腐

藤本義一(1933~2012)の上方芸人物に「贋芸人抄」という一短編があります。
夫婦漫才師の妻を語り手に置いた、芸人のえぐさというか、凄みを描いた作品。
漫才と言っても、既に当時でも時代遅れになりつつあった“萬歳”の流れを汲む
三味線などの楽器伴奏を伴うスタイルで、師匠に追随した主人公も同様に
古風な型を踏襲し、三味線引きの妻を相方にして、舞台に上がる訳ですが、
女癖の悪い師匠に振り回され(家庭そのものに隠微な亀裂を生じさせるまで)、
さらには身体を壊した師匠の影武者まで務めさせられては、一種、地獄巡りの観。
一時期、芸風が飽きられ、夫婦の共通の故郷である熊野に逼塞する場面もあり、
そこで、高野豆腐が意外な登場の仕方をしていて、虚を突かれた思いをしました。
下記の「高野豆腐の手伝い」は、その昔の季節労働で、出稼ぎに行っていた人の
談話を読んだ記憶があります。また、高野豆腐ではないのですが、犬に脂の紐で
縛ったスポンジを食べさせて……みたいな残酷な話がつい脳裏を過(よぎ)りましたよ。
       ☆
「芸人の古手は雑巾の古手と同じで、使い途あらへんなあ」
 というてはったもんの、熊野に帰ると、あの人は高野豆腐の手伝いみたいな職にはしり、あては着物の賃仕事に精出しました。

(中略)
 故郷に帰って来てから、あの人の顔色もようなりはって、なんやしらん恰幅も出てきはったように思いました。海の魚も豊かやし、山菜にもこと欠かんのが楽しいもんでおました。そやけど、あの人ちゅうたら、一刻も芸のことを忘れられんようで、
「もし、わい、このままで芸を捨
(ほ)ってしまうんやったら、この高野豆腐を生で食うてしもうたるで」
 いうたはりました。生の高野豆腐を一個食べると、胃の腑におさまった高野豆腐が体の中の水を全部吸いとって、人間死ぬそうでおまんな。その言葉を聞いて、ああ、この人はどうしても芸の虫を自分の体の中から追い出せん人やなあと思いました。
「芸の虫ちゅう虫は、ほんまに小っぽい虫やろうけども、一旦これに食らいつかれたら最後、どないしても食い荒されてしまうなあ。芸の虫は、体の中で毒を吐いたり、昼寝したり、また忙しゅう走りよったりして、どもならんわい」
 こんなことを呟いてはったこともおます。


参考文献:藤本義一『鬼の詩/生きいそぎの記』(河出文庫)
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テーマ : 読書記録
ジャンル : 小説・文学

tag : 小説豆腐

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たまに「考える人」、歴史探偵。
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