淀川改修紀功碑
大阪市北区の毛馬閘門を訪ねた折、以前(ちょっと
調べてみたらば、2008年6月21日でした)も目にして
撮影した「淀川改修紀功碑」に再会し、懐かしくなって
しまいましたが、今回も相変わらず慰霊塔かと思い違い、
案内板の文字「基標」を「墓標」と読み違えることすら、
前回と全く同じ失態。進歩の無い己の有り様に、ほとほと
呆れ果ててしまったことです。明治29年(1896)に開始
された淀川改修工事は、概ね同42年(1909)に終了。
それを記念して建てられたのが、この紀功碑となります。
高さが10.6m。旧毛馬洗堰と旧毛馬第一閘門を含む
一帯の「旧淀川分流施設」は平成20年(2008)、国の
重要文化財に指定されています。紀功碑の周りにも、
毛馬北向地蔵、毛馬の残念石、旧毛馬基標など、
微妙に気になる物件がちらほら散在しているのでありました。

調べてみたらば、2008年6月21日でした)も目にして
撮影した「淀川改修紀功碑」に再会し、懐かしくなって
しまいましたが、今回も相変わらず慰霊塔かと思い違い、
案内板の文字「基標」を「墓標」と読み違えることすら、
前回と全く同じ失態。進歩の無い己の有り様に、ほとほと
呆れ果ててしまったことです。明治29年(1896)に開始
された淀川改修工事は、概ね同42年(1909)に終了。
それを記念して建てられたのが、この紀功碑となります。
高さが10.6m。旧毛馬洗堰と旧毛馬第一閘門を含む
一帯の「旧淀川分流施設」は平成20年(2008)、国の
重要文化財に指定されています。紀功碑の周りにも、
毛馬北向地蔵、毛馬の残念石、旧毛馬基標など、
微妙に気になる物件がちらほら散在しているのでありました。
スポンサーサイト