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呂太夫と夢野

六代目豊竹呂太夫の祖父は、人間国宝の十代目豊竹若太夫(1888~1967)
十代目・若太夫は二代目豊竹呂太夫に入門した縁から、一時期、
三代目・呂太夫を襲名するのですが、襲名前の前名が、七代目豊竹嶋太夫でした。
嶋太夫」という名はかなり重たいものらしく、某筋から物言いが付いたそうです。
ぼくのような探偵小説好きならば、まさか、そこでその名前が!と
驚愕してしまうのですが、夢野久作(1889~1936)の父、杉山茂丸(1864~1935)
其日庵(そのひあん)”は茂丸の号です。ぼくの中では、つながった!という手応え。
茂丸は、竹本摂津大掾から義太夫を習っていたほどの文楽マニアだったらしく、
その事実を知ると、夢野久作の文体、リズムの秘密の一端に触れたような……。
       ☆
 杉山其日庵 という、「政界の黒幕」と言われた先生を知ってはりますか? そうです、『浄瑠璃素人講釈』という本をお書きになっています。この先生が呂太夫襲名の話を聞かれて、
「嶋太夫という立派な名前を捨てるというのはけしからぬ」
 とお叱りになったそうです。嶋太夫というのは由緒のある名前で、二代豊竹若太夫の前名ですから、十八世紀から綿々と七代も続いてきたんです。それに対して呂太夫は明治に起こった名前ですから、歴史が違うわけですね。そこで祖父は杉山先生に、
「嶋太夫と呂太夫のどちらが重い名前か分かっておりますが、師匠
(二代目・呂太夫)の言葉もありましたので、今日の襲名となったのです」
 という意味の手紙を書いてお許しを願うたんです。「師匠の言葉もありました」というのは、師匠が「ゆくゆくは呂太夫を継ぐように」とおっしゃってたんでしょうか。祖父もまた、いつかは師匠の名前を継ぎたいといういう思いがあったそうです。そうすると杉山先生は、
「それでわけはわかった。しかし、それなら、時が来れば若太夫を継ぐほどの技倆をつくることを忘れるな」
 と励ましの言葉まで付け加えて納得してくださったそうです。嶋太夫が継ぐべき最も大きな名前は若太夫ですからね。それにしても、さすがの祖父も、その時はほんまに将来若太夫を継ぐことになるとは思わなかったでしょうね。逆に言うと杉山先生はものすごい予言をしてはるわけです。


参考文献:六代豊竹呂太夫/片山剛『文楽・六代豊竹呂太夫 五感のかなたへ』(創元社)
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テーマ : 伝統芸能
ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 文楽小説

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歌わない詩人、喰えない物書き。
たまに「考える人」、歴史探偵。
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