動楽亭の「楽」
いつか、書き留めておかないといけないなあ
と思いつつ、ちょうど良いところで、席亭である
桂ざこば師匠の言葉を見つけたので、そのまま拝借。
「動楽亭」の“楽”の字に関するエピソードです。
☆
昭和二二年九月二一日、戦後ベビーブーム団塊の第一世代(昭和二二~二四年)として、大阪市西成区山王町で僕は誕生しました。場所は、大阪市営地下鉄「動物園前」から歩いて一分もかからん、ほんま便利なとこですわ。その実家を建て替えて、賃貸マンションの二階に作ったのが、僕が席亭を務める下町の寄席「動楽亭」(平成二〇年末オープン)です。
(中略)
ご存知の方も多い(少ないのかな?)と思うけど、「繁昌亭」の舞台正面上部に「楽」と書いた額が掲げたるんです。決して上手とは言えまへん(こんなこと、堂々と言えるのは日本中の噺家でオレだけでっせ。そ、それがどないやねん? って、う~ん、まあエエわ――)けど、独特の味のあるエエ字なんですヨ。協会の当時の三枝会長がウチの師匠宅へ直接書いてもらいにいったそうでっせ。ほんで、ウチの「動楽亭」にも、同じ「楽」の一字を書いた額が欲しかった(向こうと張り合うんやのうて、ただ肩を並べたかったんやで)ので、わざわざ筆と紙を用意して師匠とこへいきましたワ。
そんなもん、可愛いざこばの頼みや。その場ですぐ書いてくれると思うたらでっせ、師匠が、「悪いけど、ちょっと下書きさしてくれ」と言うんやわ。急いでもおらんかったので、そこら辺にある適当な紙を探したんやけど、見つからへんかった。仕方ないから、「師匠、これで練習しなはれ」言うて、僕が用意した紙を一枚渡したんですワ。そしたらなんと、その紙に形も大きさも各々違った「楽」を八つも練習しはったんや。それがやね、各文字の書き方も配置も、妙に味わいがあるんですヨ。で、(ホンマは、繁昌亭よりもっと大きい「楽」を書いて欲しかったのに)僕は「師匠、ここ(右下)に「米朝」って書いてくれますか?」と頼んだらやな……署名の左下にチョンチョンチョン〈✓✓✓〉って三遍、筆を整えてから「米朝」と書きはりましたんや(一瞬、何をするんや。そんなとこへ落書きしたら、また書き直さんならんがな。と思いましたんやけど)。
そのチョン三つがあることで、全体のバランスが一層良くなったし、さらに味わい深いように思えたんです。それよりも何より、あっち(繁昌亭の額のこっちゃ)よりも「楽」が七つも多いんや(師匠、ホンマにおおきに! です。どうかホンもんを直に見たいと思われましたら……我が「動楽亭」へ足を運んでチョ~ダイ。お待ちしてまっせぇ)。
☆
強烈な師弟愛が面白おかしく、ざこば師匠の故・米朝師匠への敬慕ぶりが
愛らしく、やがて哀しく……ぶっちゃけ、ざこば師匠の落語のスタイルは
趣味でないんですが、人柄なんでしょうねえ、聴いてしまうんですよ。
噛み噛みで、滑舌が悪かろうと、そこは問題でなくて……どう転んでも悪文
のはずが、“小説”というジャンルの中では活きてくるといった事象と似ています。
参考文献:桂ざこば『ざこBar』(朝日新聞出版)
と思いつつ、ちょうど良いところで、席亭である
桂ざこば師匠の言葉を見つけたので、そのまま拝借。
「動楽亭」の“楽”の字に関するエピソードです。
☆
昭和二二年九月二一日、戦後ベビーブーム団塊の第一世代(昭和二二~二四年)として、大阪市西成区山王町で僕は誕生しました。場所は、大阪市営地下鉄「動物園前」から歩いて一分もかからん、ほんま便利なとこですわ。その実家を建て替えて、賃貸マンションの二階に作ったのが、僕が席亭を務める下町の寄席「動楽亭」(平成二〇年末オープン)です。
(中略)
ご存知の方も多い(少ないのかな?)と思うけど、「繁昌亭」の舞台正面上部に「楽」と書いた額が掲げたるんです。決して上手とは言えまへん(こんなこと、堂々と言えるのは日本中の噺家でオレだけでっせ。そ、それがどないやねん? って、う~ん、まあエエわ――)けど、独特の味のあるエエ字なんですヨ。協会の当時の三枝会長がウチの師匠宅へ直接書いてもらいにいったそうでっせ。ほんで、ウチの「動楽亭」にも、同じ「楽」の一字を書いた額が欲しかった(向こうと張り合うんやのうて、ただ肩を並べたかったんやで)ので、わざわざ筆と紙を用意して師匠とこへいきましたワ。
そんなもん、可愛いざこばの頼みや。その場ですぐ書いてくれると思うたらでっせ、師匠が、「悪いけど、ちょっと下書きさしてくれ」と言うんやわ。急いでもおらんかったので、そこら辺にある適当な紙を探したんやけど、見つからへんかった。仕方ないから、「師匠、これで練習しなはれ」言うて、僕が用意した紙を一枚渡したんですワ。そしたらなんと、その紙に形も大きさも各々違った「楽」を八つも練習しはったんや。それがやね、各文字の書き方も配置も、妙に味わいがあるんですヨ。で、(ホンマは、繁昌亭よりもっと大きい「楽」を書いて欲しかったのに)僕は「師匠、ここ(右下)に「米朝」って書いてくれますか?」と頼んだらやな……署名の左下にチョンチョンチョン〈✓✓✓〉って三遍、筆を整えてから「米朝」と書きはりましたんや(一瞬、何をするんや。そんなとこへ落書きしたら、また書き直さんならんがな。と思いましたんやけど)。
そのチョン三つがあることで、全体のバランスが一層良くなったし、さらに味わい深いように思えたんです。それよりも何より、あっち(繁昌亭の額のこっちゃ)よりも「楽」が七つも多いんや(師匠、ホンマにおおきに! です。どうかホンもんを直に見たいと思われましたら……我が「動楽亭」へ足を運んでチョ~ダイ。お待ちしてまっせぇ)。
☆
強烈な師弟愛が面白おかしく、ざこば師匠の故・米朝師匠への敬慕ぶりが
愛らしく、やがて哀しく……ぶっちゃけ、ざこば師匠の落語のスタイルは
趣味でないんですが、人柄なんでしょうねえ、聴いてしまうんですよ。
噛み噛みで、滑舌が悪かろうと、そこは問題でなくて……どう転んでも悪文
のはずが、“小説”というジャンルの中では活きてくるといった事象と似ています。
参考文献:桂ざこば『ざこBar』(朝日新聞出版)
スポンサーサイト
tag : 落語