大阪城まつりの跡

突如現れる謎の石垣。駅前第4ビルが何か
遺跡の在った場所に建てられたという訳では
ありません。妙に舌足らずな説明板から引用。
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この石垣は、大阪城の千貫やぐらの石組み
(1620年、加藤清正の子、忠広が工事を
担当)を模しています。この通路が、大阪築
城400年の年に開通したことに因み、大阪
城の石垣を築造したときの残石といわれる小豆島の石を用いてつくりました。
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わかったような、わからないような……大阪駅前第4ビルは1981年8月完成(同年
10月12日開業)。B2F(もしくはB1F)の北東角の通路入り口に設けられた石垣から、
今でこそ、阪神百貨店(大阪梅田ツインタワーズ・サウス)の「スナックパーク」が
間近に位置していることに驚きますが、在りし日の「新阪急八番街」との接続を
兼ねていたことになります(ぼくの記憶は朦朧としていますが)。新阪急ビルの
竣工は1962年1月23日。通路は現 Osaka Metro・東梅田駅ともつながっており、
谷町線の東梅田駅の開業が1967年3月24日(都島駅までの延伸は1974年5月29日)。
大阪城築城の時点について、豊臣秀吉が石山本願寺跡に大坂城の普請を始めた
天正11年(1583)と定めれば、400年後は1983年。同年(昭和58年)には、「大阪
築城400年まつり(=大阪城博覧会)」が開催されていましたから、その折に、
地下鉄や新阪急ビルと接続する通路を設け、大坂城に因んだ“石垣”も組んでみた
のでしょう。ローカルながら、「大阪築城400年まつり」は他にも、(一時期までの)
“御堂筋パレード”、JR(当時は国鉄)「大阪城公園」駅などを残していますよ。
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