さくらねこ

南の端っこ、あのギリシア神殿風の異観で
よく知られていた「足立宝石店」(2011年
閉店)の跡地――ぼちぼちと、再開発が
進められていますが、その工事中の養生幕に
公共財団法人「どうぶつ基金」の展開する
「さくらねこ」事業のPRが載っており、日夜
通勤の際に、否が応でも、目に飛び込んで
くるのです。猫に不妊手術を施すことにより、
殺処分ゼロを実現しようとの目的。手術済みの目印として、V字形にカットされた耳先
=さくら耳を持つ猫が、「さくらねこ」と呼ばれています。動物愛護思想がどうのと
いったことでなく、ぼくが思いを馳せるのは、梶井基次郎の夢の続きですけれども。
☆
猫の耳というものはまことに可笑(おか)しなものである。薄べったくて、冷たくて、竹の子の皮のように、表には絨毛が生えていて、裏はピカピカしている。硬いような、柔らかいような、なんともいえない一種特別の物質である。私は子供のときから、猫の耳というと、一度「切符切り」でパチンとやって見たくて堪(たま)らなかった。これは残酷な空想だろうか?
否。全く猫の耳の持っている一種不可思議な示唆力によるものである。私は、家へ来たある謹厳な客が、隣へあがって来た仔猫の耳を、話をしながら、しきりに抓(つね)っていた光景を忘れることが出来ない。
(梶井基次郎「愛撫」)
参考文献:彩図社文芸部 編纂『文豪たちが書いた 「猫」の名作短編集』(彩図社)
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