爛れた記憶
「初春文楽公演」第1部 を聴きに行った後、大阪メトロを
乗り継いで(このところ、駅スタンプも集められておらず)、
いつの間にやら、京橋駅に下り立っていました。昨夏から
ふらりと迷い込む呑み屋があって、顔を覚えられています。
(個人情報に触れざるを得ない)貧しい会話を交わす必要
なく、ぼーっとしていれば、無問題。気が向けば、小説やら
芝居やらの話をしますけど。先代の相棒とともに、2019年
「Qualendar」のデータも消え、裏は取れないのですが、
7月13日、9月15日、12月14日に続いての入店だったか
と思われます。店内片隅の壁に貼られているカレンダーが
吉永小百合。特に興味も何も無いので、ぼんやりと眺めて
いた訳ですが、後にお店の人から、阪神・淡路大震災
(平成7年1月17日)の年、1995年から張り替えていない
と聞かされてしまい、時間が止まっている、ぼくの周りでは
歴史が膠着する、という強迫観念を覚えるようになりました。

乗り継いで(このところ、駅スタンプも集められておらず)、
いつの間にやら、京橋駅に下り立っていました。昨夏から
ふらりと迷い込む呑み屋があって、顔を覚えられています。
(個人情報に触れざるを得ない)貧しい会話を交わす必要
なく、ぼーっとしていれば、無問題。気が向けば、小説やら
芝居やらの話をしますけど。先代の相棒とともに、2019年
「Qualendar」のデータも消え、裏は取れないのですが、
7月13日、9月15日、12月14日に続いての入店だったか
と思われます。店内片隅の壁に貼られているカレンダーが
吉永小百合。特に興味も何も無いので、ぼんやりと眺めて
いた訳ですが、後にお店の人から、阪神・淡路大震災
(平成7年1月17日)の年、1995年から張り替えていない
と聞かされてしまい、時間が止まっている、ぼくの周りでは
歴史が膠着する、という強迫観念を覚えるようになりました。
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