★ 2020年2月に読んだ本 ★
辻原登、永田和宏、長谷川櫂『歌仙はすごい』(中公新書)
別宮貞徳『日本語のリズム』(講談社現代新書)……「四拍子文化論」は、今なお
何かと刺激的。正誤ではなく、問題提起として非常に面白いです。近代短歌は、
「詠う」=「歌う」ことを離れて、(書かれた物を)読むことにすり替えた可能性大。
(近代歌人が現実に、どのようなリズムで、どのように声を出していたものやら)
『西洋絵画の巨匠 カラヴァッジョ』(小学館)
橋爪紳也・編『「大大阪」絵はがき集』(創元社)
……“絵はがき”なので、「読む」と言えば、語弊はありますが。
『角川 短歌 1月号 2020』(角川文化振興財団)
『ねずみそうし』(青山歴史村・青山クラン美術館)
愛原豊『ささやまの絵巻 ねずみのそうし』(創造舎)
小和田哲男・監修『日本の歴史・城用語』(ピラミッド)
……これもまた、本ではなくて、単語帳なのです。
山口敏太郎『秘・テレビでは言えなかった!
山口敏太郎の怖すぎる都市伝説』(TOブックス)
黒岩重吾『西成山王ホテル』(ちくま文庫)
……2月の「二人の読書会」テクスト。再読。5編から成るも、どの結末も……なぁ。
『地酒の旅』(JTB)……兵庫県丹波篠山市の「ほろ酔い城下蔵」で購入しました。
古今亭駒次・柳家小ゑん・桂しん吉・桂梅團治『鉄道落語』(交通新聞社新書)
別宮貞徳『日本語のリズム』(講談社現代新書)……「四拍子文化論」は、今なお
何かと刺激的。正誤ではなく、問題提起として非常に面白いです。近代短歌は、
「詠う」=「歌う」ことを離れて、(書かれた物を)読むことにすり替えた可能性大。
(近代歌人が現実に、どのようなリズムで、どのように声を出していたものやら)
『西洋絵画の巨匠 カラヴァッジョ』(小学館)
橋爪紳也・編『「大大阪」絵はがき集』(創元社)
……“絵はがき”なので、「読む」と言えば、語弊はありますが。
『角川 短歌 1月号 2020』(角川文化振興財団)
『ねずみそうし』(青山歴史村・青山クラン美術館)
愛原豊『ささやまの絵巻 ねずみのそうし』(創造舎)
小和田哲男・監修『日本の歴史・城用語』(ピラミッド)
……これもまた、本ではなくて、単語帳なのです。
山口敏太郎『秘・テレビでは言えなかった!
山口敏太郎の怖すぎる都市伝説』(TOブックス)
黒岩重吾『西成山王ホテル』(ちくま文庫)
……2月の「二人の読書会」テクスト。再読。5編から成るも、どの結末も……なぁ。
『地酒の旅』(JTB)……兵庫県丹波篠山市の「ほろ酔い城下蔵」で購入しました。
古今亭駒次・柳家小ゑん・桂しん吉・桂梅團治『鉄道落語』(交通新聞社新書)
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ルウ+晦日蕎麦
閏年の2月末日(土)昼食時に、大阪
駅前第3ビルへ足を運びました。
大概の店舗は見知っているので、
まだ入ったことのない店構えに足が
止まります。以前は何だったっけ?
と頭を捻りつつ、B2Fのカレー倶楽部
「ルウ」に入店。チキン南蛮カレーも
悪くなさげでしたが、敢えて、麻婆カツ・
カレーを注文。昔、自分でも麻婆豆腐
カレーを拵えていたので、想定内。
ただ、カツは要らなかったかも。ドリンク
無料券を貰ったところ、有効期限が
昨年10月末でして、何か、がっかり。
☆
残業を終えると、ホワイティうめだの
「風流 田舎そば」で夜食。晦日蕎麦
には、おろし蕎麦をオーダーしました。
帰宅すれば、申し込んでいた「泉布観」
一般公開が中止になったとの報告書が
大阪市経済戦略局文化部文化課から
届いていました。造幣局の「桜の通り抜け」も
早々と開催中止が発表されていますしねえ。
(令和になっての「桜の通り抜け」は未開催)
いずれも、新型コロナウイルス感染拡大防止が理由。
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駅前第3ビルへ足を運びました。
大概の店舗は見知っているので、
まだ入ったことのない店構えに足が
止まります。以前は何だったっけ?
と頭を捻りつつ、B2Fのカレー倶楽部
「ルウ」に入店。チキン南蛮カレーも
悪くなさげでしたが、敢えて、麻婆カツ・
カレーを注文。昔、自分でも麻婆豆腐
カレーを拵えていたので、想定内。
ただ、カツは要らなかったかも。ドリンク
無料券を貰ったところ、有効期限が
昨年10月末でして、何か、がっかり。
☆
残業を終えると、ホワイティうめだの
「風流 田舎そば」で夜食。晦日蕎麦
には、おろし蕎麦をオーダーしました。
帰宅すれば、申し込んでいた「泉布観」
一般公開が中止になったとの報告書が
大阪市経済戦略局文化部文化課から
届いていました。造幣局の「桜の通り抜け」も
早々と開催中止が発表されていますしねえ。
(令和になっての「桜の通り抜け」は未開催)
いずれも、新型コロナウイルス感染拡大防止が理由。
奈良ホテル

(JR往復切符+昼食)に乗っかって
みました。新大阪駅から、おおさか
東線で久宝寺へ行き、大和路線に
乗り換えて、奈良で下車。奈良に
出掛ける際は大抵、近鉄電車を使う
ルートなので、新鮮な感じがしました。
本来は運行しているはずのシャトル・
バスが見つからず、奈良交通バスに
乗って、目的地の「奈良ホテル」へ向かうのでした。明治42年(1909)10月17日に、
関西の迎賓館として開業しています。設計は辰野金吾! “辰野式”に代表される
洋風建築かと思いきや、御殿風檜造りと、がっつり和風。創業110周年、赤絨毯の
玄関に気後れしそうになりました。皇族の滞在時の写真が麗々しく飾られているのが
何とも……ランチは日本料理「花菊」でなく、ブッフェ・レストラン「金剛」を選びました。
要はバイキング形式です。プラン料金には含まれない奈良の地酒「春鹿」を冷やで
頂きました。入館したのが30分ほど遅れたので、1部(11時半~13時)終了時刻に
追い出されそうになりましたが、幸いにも難を逃れられたのは、利用客が少なかった
せいかもしれません。帰り際、手土産に(創業110周年オリジナル)メモ・パッド、名勝
「旧大乗院庭園」入園券、クラシック・カレー1缶を受け取りました。ホテルの南側に
位置する旧大乗院庭園に入ってみましたが、反橋を渡った程度で、早々に撤収。
☆
実は、奈良ホテルが当初の目的でなく、「奈良国立博物館」の特別展「毘沙門天」
目当てだったのですけれども、いざ、訪ねてみれば、3月15日(日)までは臨時休館。
いえ、いいのです。どうせ、眼鏡も双眼鏡も持っていくのを忘れており、悪い予感は
していたのですよ。しかし、会期は3月22日(日)まで。17日(火)以降の予定は?
千亀利不動明王
大阪市・弁天町の港区民センターから、留守番電話に
メッセージが残されていて、電話予約を入れていた
3月6日(金)の落語会「弁天寄席」が中止とのお知らせ。
笑福亭たま、横山ひろし、春けいこに会えなくなったか。
最初は、ふーん……という受け止め方でしたけれども、
後から、「上方界隈、絵師済々Ⅰ」後期なども中止
決定と知り、暗然となりました。全ては、新型コロナ
ウイルス(と日本政府の自粛要請)によるものです。
☆
「岸和田城」の別名は「猪伏山ちきり城」。“ちきり”
とは、機織りの経糸(たていと)を巻く部分で、城の本丸と
二の丸をつないだ形を“ちきり”に見立てたようです。
「千亀利城」とも書かれます。堀の東側には「千亀利
不動明王」が建っていました。その左側の小像は、
おそらく「無量力観世音菩薩」。左隣の祠(小屋?)では
「黒長龍王」が祀られており、外には「弁天龍王」と
文字の彫られた石も在りました。黒長龍王の本尊も“石”。
岸和田城の守り神である蛇といわれますが、詳細は未確認。
参考記事:岸和田市 ― 岸和田城いまむかし

メッセージが残されていて、電話予約を入れていた
3月6日(金)の落語会「弁天寄席」が中止とのお知らせ。
笑福亭たま、横山ひろし、春けいこに会えなくなったか。
最初は、ふーん……という受け止め方でしたけれども、
後から、「上方界隈、絵師済々Ⅰ」後期なども中止
決定と知り、暗然となりました。全ては、新型コロナ
ウイルス(と日本政府の自粛要請)によるものです。
☆
「岸和田城」の別名は「猪伏山ちきり城」。“ちきり”
とは、機織りの経糸(たていと)を巻く部分で、城の本丸と
二の丸をつないだ形を“ちきり”に見立てたようです。
「千亀利城」とも書かれます。堀の東側には「千亀利
不動明王」が建っていました。その左側の小像は、
おそらく「無量力観世音菩薩」。左隣の祠(小屋?)では
「黒長龍王」が祀られており、外には「弁天龍王」と
文字の彫られた石も在りました。黒長龍王の本尊も“石”。
岸和田城の守り神である蛇といわれますが、詳細は未確認。
参考記事:岸和田市 ― 岸和田城いまむかし
Club Contrada

辺りまで歩き、岸和田城を一周
した後で、二の丸広場前に在る
観光交流センター内のリストランテ
「Club Contrada」に入りましたよ。
有閑マダム連が食事会に使っている
くらいで、空いていたので、楽ちん。
ランチ・タイムのアマルフィ・コースを
注文して、ワインの呑み比べ、さらに
白ワインを追加オーダー……銘柄は記憶できていません。少しばかり、贅沢な気分。
☆
二の丸広場には、岸和田に縁のある俳人、歌人の句碑と歌碑が建っていました。
皆吉爽雨 城山へかつ天主へと登高す
河野繁子 めぐりつゝ登り来りし高殿の俯仰の視野に花あふれたり
観光地に相応しくも、着目するとすれば、「登高」、「俯仰」という語の斡旋でしょうか。
翌日(2月16日)に第27回「KIX泉州国際マラソン」を控え、ゴールとなる岸和田城
周辺は準備の真っ最中。そのためだったのか、2月15日まで臨時休館で登城不可。
前回に続いて、入ることが叶わなかったとはいえ、城内の庭園が、前日に訪れた
丹波篠山市の「ぼたん亭」の姉妹店「如月庵」内の庭園と同じく、重森美玲の作と
知り、仕組んだ訳でもないのに、シンクロニシティめいたものを感じてしまうのでした。
欄干橋/旧四十三銀行
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橋の一つとして、「昭和橋」を紹介
したこともありますが、今回は
「欄干橋」……これも同名の橋が
全国各地に散見されそうです。
紀州街道上に位置しており、別の
呼び名もありましたが、天保年間の
地図には「欄干橋」と記載されて
います。擬宝珠や欄干を持つ石橋が
岸和田藩では貴重な存在でして、
往時は道路元標ともされていました。
昭和11年(1936)6月に竣工した
欄干橋は、鉄骨アーチ型(橋長6間・
橋幅3間)といわれるも、欄干しか
残されていない現状、想像が厳しく。
欄干橋の南西に建つのが、辰野式
(赤煉瓦と花崗岩の組み合わせ)な
「旧四十三銀行」。大正8年(1919)
竣工で、設計者は不明。辰野金吾(1919年にスペイン風邪で死亡)の影響を受けた、
金吾より若い世代の作という気がします(ちょっと、盛り過ぎ)。内部は柱が1本も無い
吊り天井ですが、「成協信用組合」岸和田支店が営業しており、内部見学は不可。
☆
明治5年(1872)から昭和59年(1879)までの間、国立銀行条例に基づいて
設立された銀行は設立順に番号を付けられていることから、国立銀行は別名
「ナンバー銀行」とも呼ばれていました。43番目に設立されれば「四十三銀行」。
紀州街道の近代建築(2)
「旧和泉銀行本店」(大阪府岸和田市北町14-3)を
眺めた後、紀州街道を南下。左手に見えてくるのが
「岸和田中央会館」(岸和田市北町9-16)です。
紀州街道は整備が行き届き、近代建築物件にも
説明板を設けてくれるなどして、非常に助かります。
岸和田中央会館の建っている土地に、大正10年
(1921)、「岸和田貯蓄銀行」が設立されたそうで、
現在の建物は昭和10年(1935)の建設。設計者は
不詳。昭和30年頃から、会館として利用されていた
とのこと。鉄筋コンクリート造り1階建て、外壁は
スクラッチ・タイル張り(当時の流行)。現在は岸和田
中央商業協同組合=「かじやまち」の事務所に
なっていました。今後、中央商店街を散策する機会は
あるかなあ? 旧和泉銀行本店も、岸和田中央会館も
外観を一通り見遣れば、通り過ぎていくだけの異邦人。

眺めた後、紀州街道を南下。左手に見えてくるのが
「岸和田中央会館」(岸和田市北町9-16)です。
紀州街道は整備が行き届き、近代建築物件にも
説明板を設けてくれるなどして、非常に助かります。
岸和田中央会館の建っている土地に、大正10年
(1921)、「岸和田貯蓄銀行」が設立されたそうで、
現在の建物は昭和10年(1935)の建設。設計者は
不詳。昭和30年頃から、会館として利用されていた
とのこと。鉄筋コンクリート造り1階建て、外壁は
スクラッチ・タイル張り(当時の流行)。現在は岸和田
中央商業協同組合=「かじやまち」の事務所に
なっていました。今後、中央商店街を散策する機会は
あるかなあ? 旧和泉銀行本店も、岸和田中央会館も
外観を一通り見遣れば、通り過ぎていくだけの異邦人。
tag : 近代建築
紀州街道の近代建築(1)
突然純喫茶
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日も暮れる前。大阪メトロ・谷町線に
乗って、南森町から東梅田へ戻って
みます。大阪駅前第2ビル(B2F)の
「七津屋」で立ち呑み。気分を上げて
おきました。呑んだくれたくなるほど、
荒んでいる訳でもないから、突如、
思い立って、“純喫茶めぐり”を再開。
大阪駅前第3ビルに後戻り、珈琲店
「スパニョラ」を訪問。駅前ビルです
から、店舗の存在は当然知っていた
のですが、利用したのは初めて。
ウィンナー珈琲のクリームの量は
如何ほどのものか、確かめながら、
珈琲ゼリーも頂きました。珈琲の
選択を愉しめそうなお店ですね。
第1ビル(B1F)に移り、慣れ親しんだ
「King of Kings」を訪れ、イタリアン
・スパゲティ(ナポリタンに非ず)を
賞味。姉妹店とは聞いていましたが、
「マヅラ」のマスターの娘が経営して
いるそうです。流れるように入った
「マヅラ」では、玉子サンドやチョコ・
パフェ(皿で提供されます)も注文。
姉妹店とはいえ、いずれも独特な
雰囲気を醸し出し、かつ、明確に
差別化が出来ているのは凄いよ。
ついでに、と言っては何ですが、
勢いで、ホワイティうめだ・サウス
モールの南の端っこに位置する
「green」まで足を向けました。
穴場というか、盲点になりそうな
立地です。ホット・ケーキか、
フレンチ・トーストを食したかな。
喫煙可なので、席選びに注意が
必要。妙にざわざわしています。
過日の「ビクトリー」と合わせて、計5枚のオリジナル・コレクション・カードをゲット。
もやもや天神
2月21日(金)、「大阪天満宮」に赴くと、毎年恒例の
「てんま天神梅まつり」を観てきました。昨年に続いて、
“盆梅と刀剣展”を謳っていますが、刀剣に今現在、
さほど熱中していないし(調べてみれば、積んだまま
読んでいない日本刀の本も部屋で見つかりました)。
また、ポスターなどに麗々しく誇示していた「石切劔箭
神社」所蔵の太刀「小狐丸」は展示されておらず。
源義家の佩刀「天光丸」も、いろいろとあるのだなあ。
デジタル映像や音の演出を試みていましたが、上手く
噛み合っていないようで、盆梅の数も淋しく見えてきて、
おそらく、転換の時期なのだろうと憶測。旭堂南陵の
講談「菅原天神記」はいよいよ大団円を迎えましたよ。
来年からはどうするのかな? 西川梅十三(うめとみ)の
上方舞も見ず、梅の木餅を食べようと急ぎましたが、
今回も餅が切れていました。何かと、もやもやします。
過渡期であれど、残すべき伝統はきちんと残してほしいな。

「てんま天神梅まつり」を観てきました。昨年に続いて、
“盆梅と刀剣展”を謳っていますが、刀剣に今現在、
さほど熱中していないし(調べてみれば、積んだまま
読んでいない日本刀の本も部屋で見つかりました)。
また、ポスターなどに麗々しく誇示していた「石切劔箭
神社」所蔵の太刀「小狐丸」は展示されておらず。
源義家の佩刀「天光丸」も、いろいろとあるのだなあ。
デジタル映像や音の演出を試みていましたが、上手く
噛み合っていないようで、盆梅の数も淋しく見えてきて、
おそらく、転換の時期なのだろうと憶測。旭堂南陵の
講談「菅原天神記」はいよいよ大団円を迎えましたよ。
来年からはどうするのかな? 西川梅十三(うめとみ)の
上方舞も見ず、梅の木餅を食べようと急ぎましたが、
今回も餅が切れていました。何かと、もやもやします。
過渡期であれど、残すべき伝統はきちんと残してほしいな。
テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル : 学問・文化・芸術
tag : 年中行事