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「奔馬」の大阪

三島由紀夫の四部作『豊穣の海』、第2巻「奔馬」で、
同長編の“ワキ”とも言える本多繁邦は38歳。昭和7年(1932)、
大阪控訴院の左陪席(裁判官)になっているという設定です。
「控訴院」は聞き慣れませんが、大審院の下級、地方裁判所の
上級に置かれていたようで、現在の高等裁判所に相当します。
       ☆
 一週三回出勤のほかは宅調日だが、出勤する日は、天王寺阿倍野筋の自宅から、市電に乗ってゆく。北浜三丁目で下りて、土佐堀川と堂島川を二つ渡る。鉾流橋を渡るとその橋詰が裁判所で、赤煉瓦の建物の玄関の軒に巨大な菊の御紋章が燦然としている。
       ☆
今でも、鉾流橋の北詰の西側に、大阪高等・地方・簡易裁判所
合同庁舎
は在りますが、その前身となりますね。三島の描いた
大阪控訴院の赤煉瓦、実は3代目。2代目は、例の“北の大火
(1909)で焼けています。大正5年(1916)5月に建った3代目・
赤煉瓦は、昭和49年(1974)1月、現合同庁舎に代わっています。
       ☆
 赤煉瓦の裁判所の高塔は、大阪名物の一つになっており、堂島川へ落す影が対岸から美しく眺められたが、一方ではロンドン塔などと呼びなされて、あの塔の頂きに絞首台があって、死刑執行はあそこでやるのだという噂が立てられたりした。
 英国人の設計技師のこんな法外な道楽を、活用する術
(すべ)を知らない裁判所は、塔の内部をただ埃(ほこり)まみれにして、鍵をかけておくだけだった。時折裁判官が気晴らしにそこへ昇り、よく晴れた日には淡路島まで見える広大な展望をたのしんだ。
 鍵をあけて入ると、白っぽい野放図もない空間が立ちふさがった。丁度玄関ロビイの天井に当る部分に塔の基底があり、そこから絶頂までは吹抜けになっている。四囲の白壁は雨じみと埃に汚れ、窓は絶頂の四辺にだけあって、その窓の内側に沿うて窄
(せま)いバルコンがとりつけられ、バルコンにいたる鉄の階段は屈折しつつ蔦(つた)のように壁を這って昇ってゆく。
 (中略)
 絶頂に達して窓々から眺めるけしきは、本多にとって、別に目新しいものではなかった。雨で眺望が利かぬとはいいながら、堂島川がゆったり南へ回って、土佐堀川と合する合流点はよく見えた。南には公会堂府立図書館や日本銀行の青銅の丸屋根が対岸にうずくまり、中之島のビルの数々も平たく見下ろされ、西にはすぐ堂ビルがそびえるかげに、ゴシックまがいの回生病院の正面が見えた。裁判所の東西に連なる翼楼(ウイング)の赤煉瓦は、雨に濡れてあでやかになり、中庭の小さな芝生の緑は、丁度撞球(どうきゅう)盤の緑の羅紗(ラシャ)のようにきっちりとはめ込まれていた。
       ☆
高塔(36m)が人気を博したのはともかく、堂島川へ影を落とした
とするのは、筆が滑り過ぎではないかしら。方角的におかしくもあるし、
影を映したと受け取ろうにも、対岸のどこから見えるのか?と、眉唾。
さらに、ロンドン塔に引っ張られたようですが、大阪控訴院の設計は
山下啓次郎山下洋輔の祖父……(音楽に国境は無し)とはいえ、
大阪図書館」、「大阪市中央公会堂」、「堂島ビルヂング」等の
近代建築がずらずらと列挙される様は壮観で、頬が緩んでしまいます。
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ジャンル : 小説・文学

tag : 小説近代建築

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たまに「考える人」、歴史探偵。
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