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★ 2022年3月に読んだ本 ★

ワイルド『獄中記』(角川文庫)……マイ・クラシック。
加藤周一『羊の歌』(岩波新書)……3月の「二人の読書会」のテクストでした。
加藤周一『続 羊の歌』(岩波新書)……マイ・クラシック。高3の頃、読んでいたはず。
『新潮日本美術文庫43 佐伯祐三』(新潮社)
朝日晃、野見山暁治『佐伯祐三のパリ』(新潮社)
『化政期 落語本集 ―近世笑話集(下)―』(岩波文庫)
 ……『詞葉の花』、『臍くり金』、『江戸嬉笑』、『臍の宿替』、『種が島』、『屠蘇喜言』、
 『太鼓の林』、『面白し花の初笑』を所収。(上)と(中)も気になってくるではないの。
萩原朔太郎『郷愁の詩人 与謝蕪村』(岩波文庫)
 ……発表年、時代背景が問題だと思うの。元は、「生理」(昭和8~10年)での連載。
 蕪村を反転し、世界文学史の中で再解釈するしか、逃げ場は無くなっていたか。
酉水庵無底居士『色道諸分 難波鉦』(岩波文庫)
 ……底本等の解説文中で、まさか、江戸川乱歩の名が目に飛び込んでくるとは。
宮本常一『忘れられた日本人』(岩波文庫)……「土佐源氏」等は短編小説の味わい。
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テーマ : 読書記録
ジャンル : 小説・文学

ケプリ/トミノヤ

歯痛で眠れず、ジクロフェナクを服用し始めました……。2022_03_26_「ケプリ」
前日の昼時分、通りすがりにカウンター席の頭数を見て、
入店を諦めた「もりやま屋」に入り、ミニ・チャイ・セットを
頂きました。正午過ぎは満席だから、13時過ぎが狙い目。
       ☆
先週末利用したカレー店2軒について、記録しておきます。
阿倍王子神社」から少し南、あべの筋の東側に在る
本格インドカレー「ケプリ大阪」(大阪市阿倍野区王子町
3丁目3−15)。土地柄なのか、トマト・チキン・カレーが
1コインで食べられる リーズナブルな価格設定で、ぼくは
豆カレーとのあいがけを注文し、野菜とフライド・オニオンを
トッピングしても、千円で収まりました。チャイが350円。
子供連れも後から入って来て、地元民に支持される良店。
       ☆
2022_03_27_「トミノヤカレー」 近鉄・富雄駅のバス乗り場前に位置するのが
 「トミノヤカレー」(奈良市富雄元町2丁目1-17、
 105号)でした。欧風のスタンド・カレーで、
 ピクルスも含めて、安心できる味わい。ルウの
 甘辛さに、大阪カレーの「インデアン」が脳裏を
 過りましたか。カツ・カレー(1,000円)のカツも、
 丁寧な仕事ぶり。(1時間に1本あるかないか
 バス停留所の前という立地もあり、盛況でした
 が、富雄に行く機会があれば、また、是非とも。

テーマ : ご当地グルメ
ジャンル : グルメ

tag : カレー

大成閣

休憩時間に、「新ダイビル」(大阪市北区堂島浜
1-2-1)の四隅のや、「堂島米市場の跡」等を
観て回りました。羊から、村野藤吾の建築を想起。
       ☆
右画像(3月11日撮影分)は、中華料理店「大成閣2022_03_11_「大成閣」
(大阪市中央区東心斎橋1-18-12)。昭和39年
(1964)の建築です(1980年に増築)。6階建て
(塔屋3階)で、南側の道路に立って、4層から
成るファサードを観察できます。バルコニーに
取り付けられた8連のアルミ成形材が印象的。
浪花組」本社ビル(東心斎橋2-3-27)と同じ
匂いがするのは当然で、村野藤吾の同時期の
設計ですもの。村野の建築はまだ現役なのです。

参考文献:村野藤吾研究会 編 『村野藤吾建築案内』(TOTO出版)

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 近代建築

光の系譜

Osaka Metro 「あんこマップ」(全27店舗)を眺めますと、近場にも
掲載店舗が複数ありまして、「駿 surugaya」南森町本店(大阪市
北区紅梅町2-17)に立ち寄り、羊羹×どら焼きという生粒羊羹
(378円)を手土産に購入したのです。相方と合流した後、天王寺へ。
あべのハルカス美術館」で4月3日まで開催されている「印象派
光の系譜
」展を鑑賞してきましたよ。「イスラエル博物館」所蔵の
69点が展示されており、初来日作品を多数含みます。撮影可能な
作品も6点ありました――クロード・モネ「睡蓮の池」、フィンセント・
ファン・ゴッホ「プロヴァンスの収穫期」、ポール・ゴーガン「ウパウパ
(炎の踊り)」、レッサー・ユリィ夜のポツダム広場」、「冬の
ベルリン
」、ピエール=オーギュスト・ルノワール「花瓶にいけられた
薔薇」。ぼくは、絵に群がって撮影する人々を背後から撮りました。
しかし、どうして、日本人はこんなに印象派が好きなんでしょうか? 
初来日作品が大半なのに、既視感が強いのは、画家の作風が
固まった時期のコレクションというレベルの高さもあるのでしょうが、
ポール・セザンヌやゴーガン以外だと、Lesser Ury(1861~1931)
再発見が収穫。郊外ではなく、街中の印象派であり、都市生活者の
情感を直撃してきますね。「風景」や「赤い絨毯」も良かったです。
ポスト・カードが見当たらなくて、ガチャガチャ(ユリィの缶バッジ)を
回してみたけれど、トリミングが……JR新大阪駅まで相方を見送り、
大衆そば酒場「しのぶ庵」で軽く呑み喰い。日本酒4種飲み比べは、
呉春」、「秋鹿」(大阪)、「南方」(和歌山)、「篠峯」(奈良)でした。

テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 美術おやつ蕎麦呑む

日常復帰

2022_02_28_巾着袋 出歩いて、いろいろな物を見聞するのはよいけれど、後の
 資料(画像)整理が大変なのよ。正午から事業所入り。
 食事休憩時に、北新地界隈を徘徊。前々日(3月26日)に
 「甘党まえだあべちか店を利用した際、白玉クリーム
 あんみつ等を頂き、Osaka Metro 「あんこめぐり」(3月
 5日~6月12日)の特典オリジナル・カードを入手済み。
 そうなりますと、「さくら堂北新地店(大阪市北区堂島
 1-3-1、二葉ビル1F)の生あんパン(4個入り1,000円)も
 当然、買ってしまいますよね。木谷蓬吟「蜆橋銅板標」、
 「国産ビール発祥の地」等を眺めて帰社。理由はよく
 わかりませんが、勤務先から「盛田金しゃちビール」5本
 セット(オリジナル・グラス付き)をプレゼントされました。
少し軽くしようと、数本、同僚に進呈しています。帰宅したらば、「国立文楽劇場」から
床本モチーフの巾着袋(上画像)が郵送されてきていました。知らないうちに参加していた
格好の“令和3年度 国立文楽劇場観劇ラリー”を達成できており、その記念品です。
不意打ちのようで、ご機嫌。三世竹本越路太夫・旧蔵の床本から撮影してのデザイン。
義経千本桜」四段目、河連法眼館の段から「それなる初音の鼓。桓武天皇の御宇、
内裏に雨乞ありし時、この大和国に千年功ふる牝狐牡狐。
」という詞章の部分です。

テーマ : つぶやき
ジャンル : 日記

tag : おやつ史跡呑む文楽

The 9th & 10th of 大和13

2022_03_26_「長弓寺」本堂 思い立ったように訪ねる“大和十三仏霊場”です
 けれども、第九番は真弓山長弓寺」(奈良県
 生駒市上町4445)でした。近鉄電車を利用して、
 生駒駅で途中下車。生駒市アンテナ・ショップ
 「おちゃせん」にてマンホールカードを入手した
 ところまではよいとして、生駒駅から乗る路線を
 間違え、一分(いちぶ)から一旦引き戻す羽目に。
 富雄で下車すると、1時間に1本ペースの奈良
 交通バス(高山方面行き)を待ちます。富雄川に
沿って北上しまして、生駒上町で降車。薬師院、円生院、法華院の塔頭で、本堂
(国宝)を護持しているようですが、拝観時のシステムがよくわかりませんでした。
大和十三仏に数え上げられている勢至菩薩は、大師堂に祀られていたと気付くも、
地味に見落としてしまいそう。本堂の本尊「十一面観音菩薩立像」は正月三が日しか
観られないのかな。朱印は3月担当の薬師院で押してもらいました。のんびりとした
奈良の古寺ながら、塔頭間をうろうろと彷徨い、他所者と強く意識させられるのです。
       ☆
富雄駅前に一時撤収しまして、昼食後、若草台行きの2022_03_27_「霊山寺」三重塔
バスに乗ります。富雄川に沿って南下。第十番・鼻高山
霊山寺(りょうせんじ)」(奈良市中町3873)も、「長弓寺」と
同様に鄙びたお寺を想像していたらば、駐車場は広いし、
レストランや宿坊、お風呂はあるし……面喰らいました。
ゴルフ練習場(跡)も見かけ、金殿・白金殿にはバブルの
臭いすら感じられたのです。小野妹子の息子と伝わる
小野富人(とびと)は、登美山に薬師三尊仏を祀り、鼻高
仙人
と称されていたそうで、同地に行基菩提僊那
「霊山寺」を創建。地獄洞や奥之院まで足を運ぶのは
到底無理と諦め、本堂(国宝)や三重塔を見物するのが
精いっぱい。本堂の内陣に足を踏み入れて(確信犯?!)、
叱られましたが、厨子の左右の二天(持国天・多聞天)像、
十二神将像を確認。左右の外陣には阿弥陀如来坐像
大日如来坐像、婆羅門僧菩提僊那坐像なども安置されて
いましたね。秘仏と聞いたからには、修正会や「秋薔薇と
秘仏宝物展」といった折の再訪を企画してみましょうか。

参考記事:大和國 登美山鼻高 霊山寺

テーマ : 仏教・佛教
ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 仏像建築

阿倍/安倍/阿部野

2022_03_26_阿倍王子神社 何の由縁か、東北から来た友人らを案内すべく、
 大阪市阿倍野区へ向かったのでした。阪堺電気
 軌道・上町線で、天王寺駅前から松虫で下車。
 大阪府道30号(大阪和泉泉南線)の一部となる
 あべの筋を南下すると、西側に「阿倍王子神社
 (大阪市阿倍野区阿倍野元町9−4)が見えます。
 仁徳天皇の創建と伝えられ、祭神は伊弉諾命、
 伊弉冉命、素盞嗚命、品陀別尊(八幡大神)の
 4柱。熊野街道が西側を通っていることから、
九十九王子”(「熊野神社」の分霊社)の「第二社」として殷賑を極めたそうです。
現在、大阪府下では唯一の旧地に現存する王子社であるとのこと。他に、「葛の葉
稲荷神社」や「水神社(すいじんじゃ)」等が建っており、なにわの伝統野菜天王寺蕪
(かぶら)
”の石碑も目を引きました。参道の両側から圧するように聳え立っている「汰紀能
木霊神(たきのこだまのかみ)」、「多真能木霊神(たまのこだまのかみ)」、「茂杜能木霊神(もりの
こだまのかみ)
」、「波多能木霊神(はたのこだまのかみ)」と名付けられた神木もご立派。
すぐ北側の「印山寺」は、「五代目桂文枝之墓所」です。こんな所に在りましたよ。
       ☆
「阿倍王子神社」の境外社と言っても、もと熊野街道を北へ2022_03_26_安倍晴明神社
50m ばかり。昔、他の媒体に記事を書いたかと記憶する
安倍晴明神社」(阿倍野区阿倍野元町5−16)ですが、
信太森葛葉稲荷神社」を訪れた流れから参拝したので
あれば、2014年1月2日以降かと憶測しまして、調べて
みたところ……2010年11月22日以来の再訪でした。日記
(のような物)に当たれば、正確な経緯は判明しましょうが、
いずれにしろ、ブログ上の空白期間。十年やそこらでは、
何も変わりようがない ぼくなのでした。安倍晴明を祀った
「安倍晴明神社」の創建は、晴明没後の寛弘4年(1007)。
吉田種次郎(1871~1957)の設計による本殿、拝殿
および幣殿、透塀は大正13年(1924)の建築と書かれて
いました。父・保名の名を冠した「泰名稲荷神社」の他、
(等身大の)安倍晴明像、葛之葉霊狐の飛来像 、鎮石
(孕み石)、産湯井の跡……バラエティ豊かではあります。
       ☆
2022_03_26_阿部野神社 「阿部野神社」(大阪市阿倍野区北畠3-7-20)
 を攻めようとして、「安倍晴明神社」の位置する
 北側からのルートは無謀だったようで、随分と
 迷走してしまいました。その代わり、晴明丘公園
 「経塚跡」、住吉高等学校前の「岸の姫松・
 五本松
」、「やしろ坂」(of 阿倍野七坂)に
 行き当たりましたけれども。祭神、と呼ぶのは
 何か違うと思われますが、北畠親房(1293~
 1354)・北畠顕家(1318~1338)の父子を
祀っているのです。今回は「旗上稲荷社」、「旗上芸能稲荷社」を丁寧に観て回りました。
初心忘れるべからず。明治11年(1878)に創建運動が起きたといいますから、歴史は
浅い部類でしょうが、妙な熱気が燻っているようで、その正体をまたいつの日か……。

テーマ : 史跡
ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 史跡建築樹木落語

聖林寺/元興寺

2022_03_25_奈良国立博物館 「奈良国立博物館」で開催中(~3月27日)の「聖林寺
 十一面観音 三輪山信仰のみほとけ
」展に間に合い
 ました。「聖林寺」の十一面観音菩薩立像は、奈良博で
 24年ぶりの公開。昨年は、東京で初めての展示だった
 ようです。ぼくらが5年前、十一面観音に出逢った場所、
 「聖林寺」(奈良県桜井市下692)の観音堂は現在、耐震
 補強工事を行っています。再会を喜び、生で全身を360度
 から拝みました。ぐるぐる、ぐるぐる、何遍回って眺めても、
 飽きないのですねえ。古巣の「大神(おおみわ)神社」~
 「大御輪寺」で一緒だった法隆寺地蔵菩薩立像」、
 正暦寺日光菩薩立像」、「月光菩薩立像」の同窓会も
 セッティングされていました。「三輪玄賓庵(げんぴあん)」の
「不動明王坐像」、「長岳寺」の「増長天像」と「多聞天像」は欠席です。他の仏像では、
「大神神社」の「大国主大神立像」に足が止まりました。併催されていた特別陳列
「お水取り」は軽く流し、「なら仏像館」も外観を眺めるだけでスルー。次なる目的地へ。
       ☆
柳茶屋」のぜんざい、わらび餅を賞味した後、「興福寺五重塔の国宝特別公開
初層四方の三尊像)を楽しみに足を向けたのですが、新型コロナウイルス感染拡大
防止のために延期……どうにも、足並みが揃いません。せっかく、奈良博・東新館を
早めに出て、「なら仏像館」も見送ったのに……めげずに、猿沢池から南へ下ります。
       ☆
目指したのは奈良町。市街地の中に位置して2022_03_25_元興寺
いて、見過ごしがちなのですけれども、世界
文化遺産「古都奈良の文化財」の一つでもある
元興寺」を訪れたのです。塔跡はよく観ています
が、本堂(極楽坊)への入り口が非常にわかり
づらいのよ。養老2年(718)、平城京に「法興寺
飛鳥寺)」が移建され、「元興寺」とされました。
南都七大寺”(東大寺/興福寺/元興寺/
大安寺/西大寺/薬師寺/法隆寺)の1寺。
極楽堂(坊)や禅室に使用されているのは、“日本
最初の瓦
”だそうで、特に重なり合った丸瓦の葺き方は「行基葺き」と呼ばれています。
収蔵庫では、五重小塔の他、阿弥陀如来坐像、聖徳太子立像(孝養像)、南無仏太子
像、弘法大師坐像、閻魔王坐像/泰山府君坐像/司録坐像、如意輪観音像、弁財天
坐像、地蔵菩薩立像……etc.を鑑賞できました。細かい物件が多く、また、じっくりと
観に行きたいところ。「元興寺文化財研究所」から発行されている読み物も素敵で、
いろいろと買い漁ってしまいましたよ。拝観時間(~16時30分)ジャストに引き揚げ。

参考記事:元興寺 ― 元興寺のほとけさま

テーマ : 仏教・佛教
ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 仏像建築おやつ

道頓堀川水門

2022_03_11_道頓堀川水門_1
2022_03_11_道頓堀川水門_2
 木津川に架かる「大正橋」を渡るたび、気に
 懸かっていた「道頓堀川水門」については、
 南側(大正橋)から攻めるのでなく、東側
 (道頓堀川上流)から攻略してみました。
 とはいえ、「日吉橋」からそのまま下りて行く
 ことが可能に見えます。ただ、見学の予約も
 何も無しに入っていったので、建設局の方に
 誰何され、外観を撮影しただけで撤収した
 次第です。「毛馬閘門」と異なるモダンな
 デザインの道頓堀川水門(大阪市浪速区幸町
 3丁目9−43)は、平成13年(2001)3月に
 完成しており、道頓堀川遊歩道「とんぼり
 リバーウォーク
」と同じく、道頓堀川水辺
 整備事業の一つ。現在(3月11日)、水門は
 扉体補修工事(~7月31日)を行っている模様。
 水門の右岸側がマイター(観音開き式)ゲート
 とラジアルゲート、左岸側が航路を兼ねている
 スルース(スライド式)ゲートのようですね。

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 建築

【西】道頓堀川の橋(4)

汐見橋」と「道頓堀川水門」の間に架かって
2022_03_11_日吉橋_1
2022_03_11_日吉橋_2

いるのが「日吉橋」です。元禄11年(1698)、
西道頓堀沿岸の本格的な開発を機に設けられた
4橋のうちの1本ですから、歴史は古いですよ。
西を見遣れば、水門の右手に「京セラドーム
大阪
」が迫ります。欄干の装飾は、五弁の桜の
花と思われるのですが、確信を持てません。
何故に桜? 「住吉橋」の名の由来は、往古、
橋の上から南に住吉の高燈籠を望めたからと
いわれていますが、「日吉橋」はどうなんでしょ。
右下画像は南詰を下りて、西側からの撮影。
現在の日吉橋は昭和10年(1935)に完成し、
橋長57.40m、幅員12.73mの3径間ゲルバー式
鋼鈑桁橋です。汐見橋が3月31日まで橋梁
補修の工事を行っていて、日吉橋でも工事中の
看板らしき物があったので、同じく、橋梁補修か
と思っていたらば、水門工事(~7月31日)の方
でした。1人の警備員が橋上を見巡していました。

参考記事:大阪市 ― 日吉橋

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

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歌わない詩人、喰えない物書き。
たまに「考える人」、歴史探偵。
フードビジネス・コンサルタント
(自称)。
好きな言葉は「ごちそうさま」。

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