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下高野街道(4)

2023_06_21_長尾街道・下高野街道_古道の交差点 6月21日(水)10時、近鉄・南大阪線の河内天美駅を
 スタート地点に、歴史街道ウォーク「下高野街道(4)」を
 実施。直前に、ぼくは抜かりなく「河内天美駅・天美車庫
 開業100周年記念
」の入場券(絵葉書2枚付き)を入手
 していました。前回の到達ポイントに行く前段階で、北に
 位置する「嶋田家住宅」、「敬恩寺(きょうおんじ)」まで迂回
 した後に西進。信号1個分行き過ぎてしまい、東に舞い
 戻り、前回踏破した下高野街道を一部なぞるように南下。
 天美小学校の西の五差路では、今回も迷わされました。
 「河内国 下高野街道」の看板・道標に到着した時点で、
 10時50分近く。ロス・タイムが大き過ぎるので、レジメに
 紹介されているも、立ち寄ることを割愛した寺社は多々。
 天美中央共同墓地を過ぎ、西除川に架かる「高木橋」を
 渡り、「堀桜橋」西詰を越え、西除川遊歩道を南下します。
 「布忍寺」を眺め、「布忍(ぬのせ)神社」境内に入ると、
御朱印も頂きました。同神社の南東角に「宮橋」が架かっているのですけれども、
神社の南方に長尾街道(百舌鳥古墳群~古市古墳群)、「宮橋」の架かる西除川の
右岸沿いが下高野街道(四天王寺~高野山)であることから、“古道の交差点”と
刻まれた道標(画像)も建っています。“街道”という観点からは、今回のハイライトかな。
「宮橋」の東詰には「大林寺」も在りました。ところで、同寺を出て、下高野街道(=
大阪府道26号・大阪狭山線)を下り、「布忍橋」~「新町歩道橋」~「新布忍橋」を
チェックしていると、もう、正午になっているのです。予定では、堺市も間近に迫る
河合神社」(大阪府松原市河合3-2-32)まで回る手筈でしたが、到底無理と
断念し、超ショートカット。「新布忍橋」から大阪府道・奈良県道12号(堺大和高田線)を
東進。高見の里駅前交差点至近の「敬念寺(きょうねんじ)」だけは押さえ、12時30分頃、
近鉄・高見ノ里駅で解散と相成りました(後に地図を確認すると、「松原市役所」は
高見ノ里と河内松原の両駅から、ほぼ等距離に在ったようです)。ともあれ、鄙びた駅
周辺にはぱっと見、適当な飲食店も見当たらず、往生しそうなところで、たこ焼き、
居酒屋……定食?! と、何でもありの「多紀」(松原市高見の里4-2-25)に救われ。

テーマ : 史跡
ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 史跡呑む

探偵の街(荒本/堂島浜/中之島)

歴史探偵はOsaka Metro に乗ると、2023_06_20_「カルフール」(イオン東大阪)跡地
荒本を目指しました。「大阪府立中央
図書館
」(東大阪市荒本北1-2-1)
4Fに上がり、目当ての資料を探し当て、
2Fで数十枚のコピーを取り始めます。
自分で複写すれば1枚10円(白黒)の
料金が、図書館員に依頼すれば25円。
図書館の東側は空き地(まともに入館
したのは、下手すれば数十年ぶりか)。
昔、鶴橋で働いていた頃は、森ノ宮で乗り換え、頻繁に利用していたものです。東側に
大型量販店「カルフール」(2003年開業)が在り、撤退に伴い、「イオン」東大阪店に
替わるも、令和3年(2021)3月末に閉店していました。大阪モノレールの延伸予定地と
いわれていますが……図書館の南側に建つ「東大阪市役所」13Fにも上がり、昨年
引き続き、2枚目のマンホールカードを入手。まだ12時半頃で、大阪市内に戻ります。
       ☆
Osaka Metro・中央線の本町駅で御堂筋線に乗り換え、淀屋橋で下車。「淀屋橋」~
「大江橋」を渡り、堂島川右岸を西進します。「渡辺橋」北詰を渡り、堂島エリア【堂島浜】
24H自転車専用駐車場の「阿部彦太郎之像」の説明板を注視。やはり、誤りでした。
       ☆
2023_06_20_阿部彦太郎之像 説明板の設置者が記されていない点が
 致命的。直観的に“違う”と感じていた
 とはいえ、制作者や鋳造者の情報も
 押さえてきたので、一抹の寂寥感。
 誰かが間違えてくれたお陰で、正解に
 辿り着けた訳でもあるし。新聞社勤めの
 Eさんに一報を入れ、「銅像探偵団」や
 大阪市関連、その他の専門家等にも
 報告しておかなければなりません。
       ☆
田蓑橋」を渡って、「大阪中之島美術館」へ入りました。「佐伯祐三 自画像としての
風景
」展(~6月25日)を鑑賞します。空いているかな?と勘違いしたのですけれども、
会場の5階展示室は、十分に混雑していました。開館1周年記念特別展でもありますし、
大阪人にとって(没後の)佐伯人気は高いのですよ。初見の作品は少ないながらも、
140点超の佐伯の画業を一堂に目に収められるのは、眼福としか言いようがなくてさ。
ただ、一点一点じっくり見入るという行為は難しく、多くの作品が撮影可という状況に
(内心)舌打ちしつつ、街を歩くスピードで展示室内を2往復しながら、鑑賞してみました。
大阪、東京、パリ……どの街を歩こうと、そこにいるのは佐伯祐三(1898~1928)という
一個人です。絵を観るのではなく、街を眺めるように、足を進めるというのも良い経験。
たぶん、一番大好きな「立てる自画像」の裏面に回れば、転倒した「夜のノートルダム
(マント=ラ=ジョリ)」が描かれていたのも素敵だし、“橋”好きのぼくには、ガード
描いた作品群も垂涎の的です。「パストゥールのガード」が良いですし、「下落合風景」、
「ガード風景」も圧巻。特に後者は、下落合を通り越して、大阪市・中津架道橋群
髣髴とさせてやみません。「肥後橋風景」は言わずもがな。また、ジョルジュ・ブラック
(1882~1963)を偏愛するぼくとしては、「村役場」、「壁」、「煉瓦焼」のマチエールに
魅かれますし(近代建築の外壁処理!)、広告文字の多用にもくらくらさせられます
文字は絵であると同時に、現実そのものでもあり)。同一モチーフの作品を並列した
「レ・ジュ・ド・ノエル」や「コルドヌリ(靴屋)」等の見せ方も悪くなかったですよ。「パリの
裏通り」~「場末の街」を放浪し、「バーの入口」~「共同便所」を通過して、エピローグに
掲げられた5点が――「黄色いレストラン」、「」、「郵便配達夫(半身)」、「郵便
配達夫
」、「ロシアの少女」。無難にまとめたと言えばそれまですが、愚直なまでに
佐伯の画業を展観してくれる場として機能しているのを見れば、斜に構えるのは無しで。

テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 美術

下高野橋

3月から下高野街道の跡をぶらぶら
2023_05_24_下高野橋
2023_05_24_近鉄大和川橋梁
2023_05_24_七郷橋

彷徨い歩いている訳ですけれども、
(付け替えられた)大和川まで逢着して
ようやく、その“下高野”の名を冠した
下高野橋」(右上画像)を渡ることと
相成りました。大阪市の方から渡り、
南詰(東側)から振り返っての撮影です。
橋長188.2m、幅員14.0m の連続桁。
「下高野橋」を渡っている際、東側の
上流を見遣ると、「近鉄大和川橋梁
(右中画像)が目に映り、橋梁上を走る
近鉄・南大阪線の電車を見られるか
どうかは、タイミング次第。逆に、西側
(大和川下流)に目を転じると、あの
行基大橋」が架かっており、何とも
懐かしい気分になりました。橋は友達。
「行基大橋」の南詰と同じく、「下高野
橋」の南詰もまだ大阪市内。松原市に
大阪市東住吉区が飛び地のように
食い入っている様が地図に浮かびます。
往古、河内国中河内郡矢田村の氏神を
祀る郷社「阿麻美許曽神社」の社地が
大和川の付け替え(1704)によって、
川の右岸と左岸に引き裂かれてしまい、
同社参道(大阪市)まで細長く松原市に
喰い込んでいる形となりました。矢田
地区(大阪市)、天美地区(松原市)に
氏子地の在る同社は「七郷の宮」とも
呼ばれ、大和川の左岸を並行して流れる今井戸川に架かっていたのが「七郷橋
(右下画像)であります。「七郷橋」の西側で今井戸川を渡るのが「下七郷橋」で、
本来の下高野街道が通っていた部分。「阿麻美許曽神社」について、インターネット
検索を行うと、大阪市と松原市の両ホームページで取り扱われているのも面白し。

参考記事:大阪市 ― 下高野橋
       東住吉100物語 ― 003 阿麻美許曽神社
       松原市 ― 阿麻美許曽神社と渡来人

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 史跡

駒川の橋(5)

2023_05_24_東八橋
2023_05_24_百済大橋
2023_05_24_修徳橋
2023_05_24_常徳橋
 今月の歴史街道ウォーク(21日)が
 押し迫っているので、先月の橋の画像
 等も、紹介しておかなければ――。
 駒川に架かる55本の橋のうち、4本の
 画像を掲載します。近鉄・南大阪線の
 針中野駅から「駒川商店街」を西へ
 抜ければ、「駒川橋」。その上流(南)
 に架かっているのが「東八(とうはち)
 (左上画像)でした。西詰は現在、東
 田辺3丁目ですが、以前は田辺ノ町
 8丁目だったことが、橋名の由来。山科
 疏水の三角橋 同様、両端に左右から
 階段が設けられ、橋桁の位置が高く
 されています。大通りに架かる「百済
 大橋
」(左上から2つ目)は幅員15.1
 m のPC橋梁。「都橋」ほどではないに
 せよ、橋長が6.4mしかないので、橋が
 在ると言うより、駒川が暗渠に見えて
 きそうです。“駒川”自体が、古くは
 「高麗巨摩川)」と呼ばれていた
 ように、「百済大橋」の百済も、古代
 朝鮮に由来する地名なので、渡来人が
 住み着いていた一帯とみられます。
 次に架かっていたのが「修徳橋」(左
 上から3つ目)。幅員1.5m の人道橋
 「修徳橋」に続いて現れる「常徳橋
 (左最下段の画像)も人道橋(歩道
 橋?!)でして、「常徳橋」の東詰――
 左下画像で言えば、手前側の北角に
 「常徳寺」(大阪市東住吉区鷹合
 2丁目2−28)が建っていましたよ。
 浄土真宗本願寺派のお寺で、ヨガ
 教室を開いていたのが印象的……
 Kさんがわざわざ足を止めて、坊守に
 声を掛けていたのも、謎と言えば、
 謎の思い出。もう少し、続きます。

参考記事:東住吉100物語 ― 037 駒川

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

tag :

仏教天文学

間違えて、Osaka Metro・御堂筋線のなんば駅で下車。2023_06_17_あべのベルタ
天王寺まで乗って、「あべのキューズモール」南側に
位置する「あべのベルタ(画像)3Fの「阿倍野市民学習
センター
」まで上がります。13時30分から、天理大学・
公開講座「人文学へのいざない」第4回、「忘れられた
仏教天文学 ―19世紀の日本における仏教世界像―

を聴きました。近代西洋の天文学と、仏教における須弥山
説やインドの暦法=梵暦を実証的に擦り合わせようと
苦闘した普門円通(1754~1834)の仏教天文学~梵暦
運動を概説しようとしていたのです……が、元々3回分の
講義内容を120分に圧縮するのは無理がありましたかね。
休憩時間も挟めないまま、熱弁を端折り、タイム・オーバー。
仏典も、仏教的な世界観(地図)=倶舎論が理解できて
いないと、ちゃんと読み取れないよ、ということらしいです。
講師は天理大学の岡田正彦氏。近々、法蔵館文庫から
同タイトル『忘れられた仏教天文学』が発刊されるとのこと。
まず、定方晟 『須弥山と極楽 仏教の宇宙観』から入手
しましょう。以前、講談社現代新書で出回っていましたけれど、
今夏、ちくま学芸文庫から発売予定につき、Amazonで予約。

テーマ : 仏教・佛教
ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 講座地図

Apart

1週間後の「北区ぶらぶら」の下見を行っています。
メインは「大阪くらしの今昔館」の見物ですから、
前半の45分間を軽く流すイメージ。「大阪市立住まい
情報センター
」を出発しまして、「摂津国分寺」と
鶴満寺」を回ると、スタート地点に戻って終了です。
久しぶりに顔を合わせたHさんと復習を行い、2寺社の
御朱印を頂きました。ついでに、「淀川天神社」にも
詣でて、「Apartdrinks and gallery (大阪市
北区池田町1-27)に入り、軽くランチ。長野県の地酒
夜明け前」も賞味していますよ。JR天満駅の周辺
(旧・南錦町)を回ると、シエスタ。夕刻からは相方と
焼き肉番長」(大阪市北区池田町7-6)にて夕食。
VHSで、1990年代の映画を2本ほど鑑賞しましたか。

テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 史跡カレー呑む映画

Bossa

今月に入ってから、「BLUE NOTE best jazz collection 10
HANK MOBLEY
」と、同「11 WAYNE SHORTER」を聴いて
いたのですけれども、Wayne Shorter(1933~2023)は、
今年の3月2日に亡くなったばかりだったようでして……合掌。
Hank Mobley(1930~1986)の「Recado Bossa Nova」が
気分だね。そう思っていたらば、一昨日、「ブルーノート・ベスト・
ジャズコレクション 高音質盤」のスペシャル・コンテンツ号として
ボサ・ノヴァ・スペシャル」が配達されてきました。昨夜から
聴き続けていますが、ぼく好みのセレクトではないです(今の
ところ)。ミーハーながら、1990年代のR&Bをカバーしてくれた
Proof Soul Project『SOUL N' BOSSA』(2008)で ○。

テーマ : Soul, R&B, Funk
ジャンル : 音楽

tag : 黒い音

絵金と割れ土鍋

あべのハルカス美術館」に出向き、2023_06_13_あべのハルカス美術館
幕末土佐の天才絵師 絵金」を鑑賞。
本当は前期/後期と2回は観たかった
ところ、体調も崩していたので、致し方
なし。通称 “絵金”として知られる弘瀬
金蔵
(1812~1876)は、幕末から明治
初期にかけて活躍し、地元・高知県に
多数の芝居絵屏風などが残されており、
残酷趣味を刺激してくれるのです。極論
すると、江戸時代の芝居見物の大方が、残酷美への嗜好に基づくのではないか?
と管見されるほど、歌舞伎や人形浄瑠璃では、首を落としたり、腹を切ったりする
場面のオンパレードですよねえ……「国立文楽劇場」に続いて、同日、判官切腹
シーン(右上画像)を目にして、はっとさせられました。いつか、高知の夏祭りを
訪れることはあるのかしら。日付は変わって、6月14日(水)のこととなりますが、
約20年使い込んできた土鍋の蓋が割れてしまいました。米を炊くと、良い感じで
お焦げが出来て、愛着もあったのですけれども。「山秀」で購入した土鍋でした。

テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 美術陶磁器

ENYA

2023_06_13_国立文楽劇場 10時から、「国立文楽劇場」にて、第40回「文楽鑑賞
 教室
」に参加しています。常に、基本に立ち返る姿勢を
 忘れずに。観客席の前部は、小学生の団体客と外国人で
 埋め尽くされていました。まずは「五条橋」。詞章に交じる
 “高足駄”、“さい槌”に耳が反応してしまいます。解説の
 「文楽へようこそ」コーナー(吉田簑太郎)で、何気無く口に
 放り込んだ喉飴にむせてしまい、咳が止まらず、ロビーに
 緊急避難……通さん場でなくて、良かった。10分休憩後、
 「仮名手本忠臣蔵」殿中刃傷の段/塩谷判官切腹の段
 /城明渡しの段――。病気療養の吉田簑之に代わって、
 茶道珍才は吉田簑悠。切腹の段を務めるのが、豊竹
 呂勢太夫
鶴澤藤蔵でして、何とも勿体ないような気
 すらしながら、愉しませてもらいました。藤蔵は織太夫との
 コンビの印象が強いですけれども、呂勢太夫と組んでも
 面白くてよ。日本橋を離れると、梅田経由で天王寺まで。

テーマ : 伝統芸能
ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 文楽

中津陸橋

いまだ復調しないまま、喉の痛みや咳、
鼻水を抑えながらの勤務を続け、腰痛も
一年以上引っ張っているし、もう駄目かも
と、希望の見えない日々が続く中。右の
画像は「中津陸橋」(6月3日撮影分)。
2023_06_03_中津陸橋
参考記事:大阪市 ― 中津陸橋

中津と「済生会病院」の間に架かって
おり、橋上(176号)を歩く分には、“橋”
と意識させられませんが、梅田貨物線
(跡)を北上してきて、176号を見上げて
みれば、やはり、橋なのでありました。
昭和55年(1980)に架け替えられた
桁橋は橋長48.0m、幅員34.1m。元は
北側の「阪急電鉄 中津跨線橋」との
間に、阪神電鉄・北大阪線の廃線跡が
在りましたが、道路全体として拡幅されて、
昭和4年(1929)建設の旧「中津陸橋」(=鋼トラス橋)が4車線(東行き2、西行き2)
であったのに対し、8車線(東行き5、西行き3)まで増加。南側だけだった歩道が、
北側にも増設されたそうです。架け替え前の画像と見比べてみるのも一興。

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

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歌わない詩人、喰えない物書き。
たまに「考える人」、歴史探偵。
フードビジネス・コンサルタント
(自称)。
好きな言葉は「ごちそうさま」。

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