No-Colored
有吉佐和子の『華岡青洲の妻』を読もうと思っていた矢先、
相方が母から薦められて読み終えたという『非色』を借りて、
昨夜から一気読み。再文庫化されたカバーには、アンリ・
マティスの「ジャズ」がデザインされており、なるほどなぁ。
☆
彼はペラペラと映画の題名を言ったが意味がとれずにぼんやりしている私を認めると、慌てて映画が嫌やだったらアーニー・パイルにショオを見に行ってもいい、と言い直した。東京宝塚劇場は進駐軍に接収されてからアーニー・パイルと名をかえてGIたちに慰安として豪華なショオを公演しているのであった。
☆
黒人兵と結婚し、米国・ニューヨークに渡った戦争花嫁
(War Bride)、林笑子が主人公。個別の人種間差別に
拘泥することなく、“差別”の在り方自体、その起源を
日常レベルの描写から立ち上がらせようとする力業で、
1964年の発表作。アフリカ系アメリカ人の公民権運動が
(かつての)ピークに達したのが1960年代半ばでした。
☆
二人の休日がかちあう日には留守をメアリイにまかせてハアレムの中のアポロ劇場へ出かけたことも一再でない。私たちにはようやく「人間らしい」生活が出来ていたのかもしれない。
☆
私たちが住んでいるハアレムはウェストとイーストにまたがっているが、スパニッシュ・ハアレムと呼ばれるプエルトリコ人の居住区はそれより南寄りのウェストにあった。
☆
「アポロ劇場」と聞けば、James Brown(1933~2006)の
複数のライヴ盤が蘇ってきますし、「Spanish Harlem」
(1960)は、Ben E. King(1938~2015)の最初のソロ
ヒット曲でありました。翌年(1961)、「Stand By Me」発表。
小説の終幕は唐突かもしれませんが、「私はニグロだ!」。
ぼくも自称、“アフロ・ジャパニーズ”とうそぶいたりもしますが、
どういった形でも、生き延びるのための誇りは必要ですもの。
☆
私は既に変質している筈なのだ。ワシントンの桜のように! 私は、ニグロだ! ハアレムの中で、どうして私だけが日本人であり得るだろう。私もニグロの一人になって、トムを力づけ、メアリイを育て、そしてサムたちの成長を見守るのでなければ、優越意識と劣等感が犇いている人間の世間を切拓いて生きることなど出来るわけがない。ああ、私は確かにニグロなのだ!
参考文献:有吉佐和子『非色』(河出文庫)
相方が母から薦められて読み終えたという『非色』を借りて、
昨夜から一気読み。再文庫化されたカバーには、アンリ・
マティスの「ジャズ」がデザインされており、なるほどなぁ。
☆
彼はペラペラと映画の題名を言ったが意味がとれずにぼんやりしている私を認めると、慌てて映画が嫌やだったらアーニー・パイルにショオを見に行ってもいい、と言い直した。東京宝塚劇場は進駐軍に接収されてからアーニー・パイルと名をかえてGIたちに慰安として豪華なショオを公演しているのであった。
☆
黒人兵と結婚し、米国・ニューヨークに渡った戦争花嫁
(War Bride)、林笑子が主人公。個別の人種間差別に
拘泥することなく、“差別”の在り方自体、その起源を
日常レベルの描写から立ち上がらせようとする力業で、
1964年の発表作。アフリカ系アメリカ人の公民権運動が
(かつての)ピークに達したのが1960年代半ばでした。
☆
二人の休日がかちあう日には留守をメアリイにまかせてハアレムの中のアポロ劇場へ出かけたことも一再でない。私たちにはようやく「人間らしい」生活が出来ていたのかもしれない。
☆
私たちが住んでいるハアレムはウェストとイーストにまたがっているが、スパニッシュ・ハアレムと呼ばれるプエルトリコ人の居住区はそれより南寄りのウェストにあった。
☆
「アポロ劇場」と聞けば、James Brown(1933~2006)の
複数のライヴ盤が蘇ってきますし、「Spanish Harlem」
(1960)は、Ben E. King(1938~2015)の最初のソロ
ヒット曲でありました。翌年(1961)、「Stand By Me」発表。
小説の終幕は唐突かもしれませんが、「私はニグロだ!」。
ぼくも自称、“アフロ・ジャパニーズ”とうそぶいたりもしますが、
どういった形でも、生き延びるのための誇りは必要ですもの。
☆
私は既に変質している筈なのだ。ワシントンの桜のように! 私は、ニグロだ! ハアレムの中で、どうして私だけが日本人であり得るだろう。私もニグロの一人になって、トムを力づけ、メアリイを育て、そしてサムたちの成長を見守るのでなければ、優越意識と劣等感が犇いている人間の世間を切拓いて生きることなど出来るわけがない。ああ、私は確かにニグロなのだ!
参考文献:有吉佐和子『非色』(河出文庫)
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