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★ 2023年9月に読んだ本 ★

鳴海風『星に惹かれた男たち』(日本評論社)……副題に「江戸の天文学者 間重富
 伊能忠敬」。同じ作者の児童文学『星空に魅せられた男 間重富』(くもん出版)に
 感じ入り、続けて手に取りました。星空(準)案内人としては、捨てておけない内容。
松本清張『或る「小倉日記」伝』(角川文庫)……学生時代、新潮文庫で読んだかな。
 芥川賞(第28回)受賞作となる表題作の他、「父系の指」、「菊枕」、「笛壺」、「石の
 骨」、「断碑」を収録。悪くはないんだけどね。社会派推理小説にも、のめり込めず。
『隔週刊 ブルーノート・ベスト・ジャズコレクション 高音質版 16』(デアゴスティーニ・
 ジャパン)……GRANT GREEN も普通に聴いてしまう。ジャズと構える意味も無く。
『隔週刊 ブルーノート・ベスト・ジャズコレクション 高音質版 17』(デアゴスティーニ・
 ジャパン)……KENNY DORHAM も悪くない。Dinner Party の合間に流すよ。
山田風太郎『くノ一忍法帖』(講談社文庫)
 ……千姫(真田幸村)vs徳川家康(伊賀忍者)という構図。慶安の変(1651)でサゲ。
山田風太郎『外道忍法帖』(河出文庫)
 ……天草党(伊賀忍者)vs由比正雪(甲賀忍者)vsマリア天姫(童貞女)の三つ巴戦。
山田風太郎『奇想小説集』(講談社)
 ……「陰茎人」、「蝋人」、「満員島」、「自動射精機」、「ハカリン」、「万太郎の耳」、
 「紋次郎の職業」、「万人坑」、「黄色い下宿人」の9編を収録。「黄色い下宿人」(夏目
 漱石
!)は子供の時に読んでいたかな。星新一やら、筒井康隆やら、沼正三やら、
 いろいろと思い出されるけれど、山田風太郎だけに “奇想” も当たり前に受け止めて。
半村良『石の血脈』(角川春樹事務所)……盛りに盛ったネタ自体は、現在でも、本当に
 面白いのよ。特に“建築”を持ってきた辺り。しかし、何とも古臭くなってしまったなあ。
光嶋裕介『ここちよさの建築』(NHK出版)……「学びのきほん」シリーズの一冊。
 本文よりも、巻末のブック・リスト「建築をもっと知るための23冊」がやばいです。
井上靖『猟銃・闘牛』(新潮文庫)……9月の「二人の読書会」テクストでした。
 表題作2編の他、「比良のシャクナゲ」を収録。「闘牛」が芥川賞(第22回)受賞作。
山田風太郎『山屋敷秘図』(徳間文庫)
 ……山田風太郎妖異小説コレクション(キリシタン・異国小説集)と銘打たれており、
 ほぼほぼ、切支丹物。収録作品は――「スピロヘータ氏来朝記」、「邪宗門仏」、
 「奇蹟屋」、「姫君何処におらすか」、「伴天連地獄」、「邪宗門頭巾」、「山屋敷秘図」、
 「不知火軍記」、「盲僧秘帖」、「踏絵の軍師」、「売色使徒行伝」、「万人坑」、「蓮華
 盗賊」、「降倭変」。サドを読み耽っていたのか、おそらく、ニーチェも齧っている模様。
 司馬遼太郎でなくて、山田風太郎から歴史を学び直そうとしみじみ感じているところ。
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テーマ : 読書記録
ジャンル : 小説・文学

西除川の橋(2)

最も暑い夏”といわれている2023年、7~8月に
2023_06_21_宮橋_1
2023_06_21_宮橋_2

続き、9月の歴史街道ウォーク「下高野街道」も
中止(順延)とされた訳なのですけれど、そろそろ
再開されるかと思われるので、撮り溜めていた
西除川の橋をぼちぼち紹介していきましょう。
いずれも6月21日撮影分の「宮橋」です(右上
画像は西詰から、右下は東詰から)。「布忍神社
南東隅に“古道の交差点”(道標)が建っており、
「宮橋」から約250m 南に下れば「長尾街道」。
道標自体は橋の東側に設置した方が正確だった
ように思われるも、諸般の事情があるのでしょう。
西除川の左岸(西側)は、西除川遊歩道として
整備されています。西除川の右岸(東側)を走って
いるのが府道26号(大阪狭山線)=下高野街道
なのでありました。右下画像の手前部分です。
吉凶の無い“イチハラヒロコ恋みくじ”で有名な
神社の門前を飾るだけあって、擬宝珠や朱塗り
(実際は赤)の欄干が気分をもり立ててくれます
が、ぼくの笑壺に入ってくるのはライブカメラよ。

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 史跡

中秋の名月

今年の「北区まち歩きガイドボランティア養成講座
第3回が、10時から開始。10時半までのガイダンス
(オリエンテーション)は大阪市北区役所4Fで実施
されましたが、その後の“まち歩き”には、お呼ばれで
なく、何だかなあ。人数制限があったものやら、どう
したものやら、同じく参加できなかったOさんと連れ立ち、
天神橋筋商店街から大阪天満宮」を踏破します。
不動産ショップ「Primaryにてオリジナル・マップを
入手。創業1966年の甘党喫茶「菊水(2F)に上がり、
昼時分からミルク金時を頂きました。南森町に移動。
       ☆
2023_09_29_中秋の名月 13時から、Hさんと「大阪天満宮」~「造幣博物館」の
 コースを下見。まだまだ、日差しが強いのよねえ。「与力
 役宅門
(中嶋藤内家)
」付近では、気になる物件を目視
 確認できました。せっかくなので、「造幣博物館」も見学
 します。5年前(2018年3月16日)、「泉布観」見学時に
 併せての入館以来かな。博物館内部の資料より、屋外の
 展示物に魅かれることも多く、「桜の通り抜け」の際は
 ゆっくりと観ることが出来ない物をここぞとばかりに……
 「OAP」からシャトル・バスに乗って、梅田へ帰り、天満へ
 後戻ると、18時から相方と合流。餃子食堂「マルケン
 夕飯としましたが、外を歩く頃には満月。中秋の名月
 日に当たりました。そう言えば、「大阪天満宮」境内でも
 “秋思祭”の準備をしていたなあ。画像左側に一部写る
 「ぷらら天満天満市場)」の壁面には、『浪花百景』
 から「天満天神山車宮入」図が引き写されています。

テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 年中行事史跡近代建築

書状集箱

日本で郵便制度が始まったのは、明治4年(1871)。2023_09_19_書状集箱
創業時の郵便ポストが「書状集箱」、「集信箱」――
と呼ばれていたことは、「駅逓司大阪郵便役所跡」の
記事でも紹介していますが、今なお現役の「書状集箱」
(右画像)を奈良県高市郡明日香村で発見したのです。
犬養万葉記念館」(明日香村岡1150)前に設置されて
おり、高札には「当地、岡集落は、岡寺の門前町として
発展し、当時の面影を残した民家が残っています。
この建物も大正時代に建てられた南都銀行 旧 飛鳥
支店
を犬養万葉記念館として、改築したものであり
ます。この書状箱は、このような建物や街なみに沿った
郵便ポストとして設置したものであり、他のポストと
同様に取り集めを行いますのでご利用ください
」と、
明日香郵便局長が認めています。かつての書状集箱と
同じ型” と言いながらも、脚付の台に載った四角い箱が
(木製でなく)金属製ですし、現行ポストを踏襲したデザインであることには目を瞑り
ましょう。江戸時代の目安箱(訴状箱)よろしく、投入口は上に位置していたはず。

テーマ : 史跡
ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 史跡近代建築

橿原神宮駅舎

2023_09_19_橿原神宮前駅 近鉄・橿原神宮前(奈良県橿原市
 久米町618)には、中央口・東口・西口
 それぞれに3つの駅舎が在りまして、
 中央口の木造駅舎の設計を手掛けたの
 が、村野藤吾(1891~1984)なので
 ありました。大和棟から着想を得た
 大屋根にぐっと来ます。建設された昭和
 15年(1940)は紀元2600年に相当。
 因みに、橿原神宮前駅の橿原線系統は
軌間1,435mm(標準軌)、南大阪・吉野線系統は軌間1,067mm(狭軌)となり、在りし
日の大阪電気軌道(大軌⇒近鉄)、大阪鉄道(大鉄)、吉野鉄道の歴史が偲ばれ……。

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 近代建築

黄色いポスト

街歩きの自主練……と言うほどのこともありませんが、10時2023_09_19_黄色いポスト
30分から、大阪市北区民センターを出発すると、天神橋筋
商店街
を天満から南森町まで往復。境界線を意識すること
が肝要で、天神橋3丁目と4丁目の境は天満堀川(跡)―
―と理解は容易ですが、同2丁目と3丁目の境は国道1号
ではないし、同4丁目と5丁目の境もJR大阪環状線では
ありません。アーケードを見上げながら歩けば、判然として
います。天五中崎通商店街を西へ進み、都島通から
阪急東通商店街に流れ込みました。曽根崎お初天神
通り商店街
の脇に在る SAKE BAR「(大阪市北区
曽根崎2−13−5)の前に建つポストが数年前に黄色く
塗られていたことを思い出せば、先週、明日香村を訪れた
際、近鉄・橿原神宮前駅の中央口前(近鉄・南大阪線
と橿原線の間)に設置されていた「黄色いポスト」(右
画像)に記憶がリンクします。全国各地、他にも見受けられ
そうな「(幸せの)黄色いポスト」ですが、神武天皇との所縁で考えれば、黄色でなく、
本来は “金色” にしたかったのだろうと惻隠。平成28年(2016)10月当時の森下豊・
橿原市長の名を付された説明板には、以下のように記されています。また、令和22年
(2040)には紀元2700年を迎えることが、後方の立て看板で謳われているのでした。
       ☆
 神武天皇が日向の国(現在の宮崎県)から東遷され、橿原宮で即位されたと伝えられるご縁で、昭和41年(1966)2月11日に橿原市と宮崎市が姉妹都市の盟約を締結して今年(2016)で50年になります。
 このポストは、橿原郵便局のご協力を得て、宮崎市との姉妹都市盟約50周年を記念して設置するもので、縁結びで有名な青島神社がある宮崎市の『青島海岸』や、天孫降臨の地である『高千穂』など、神武天皇にゆかりのある観光スポットに設置されている「幸せの黄色いポスト」と同様に、大切な人との縁やその人の幸せを願う気持ちを「黄色」で表現しています。
 あなたの大切な人にその思いを届けたい時、ぜひ、このポストをご利用いただければ幸いです。

テーマ : 史跡
ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 史跡地図

高松橋

2023_09_19_高松橋_1
2023_09_19_高松橋_2
上が青龍、下が白虎
 高取川に架かる明日香村の橋をもう1本紹介。
 近鉄・吉野線の飛鳥駅前に架かった「高松橋
 です。「豊年橋」の南(上流)に架かっています。
 同じ高取川に架けられているので、橋長はそう
 変わらないはずですが、「高松橋」の幅員は
 かなり大きいです(特に東詰)。橋名の由来は
 駅最寄りに位置する「高松塚古墳」から。同
 古墳といえば、壁画であり、その中でも四神
 古代中国で四方を守護する霊獣として、東=
 青龍/西=白虎/南=朱雀/北=玄武
 挙げられます。高取川は南北に流れています
 から、欄干の北に玄武、南に朱雀のモチーフが
 設えてありました。これはわかりやすい。そう
 なりますと、橋の親柱は東詰と西詰に2本ずつ
 あり、計4本。東側の親柱に青龍(左上画像)
 のレリーフが各1体、西側には白虎(左下
 画像)が各1体、嵌め込まれていますけれども、
 現代人の“虎”のイメージとは随分懸け離れて
 いますから、よっぽどの幻獣好きでないと……。

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

tag :

監禁業務

独りで居残り残業などしていると、碌なことはない。
同フロアの別の事業所に先を越されて退勤され、
最終退出者となってしまう。内線を架けても、誰も
つかまらない状況。そこで、問題の指静脈入退室
管理システム
――他事業所のメンバーが退勤前の
挨拶に来た際、指を使って居室のドアを開け、直後、
入室のための静脈認証が出来ていなかったらしく、
閉じ込められてしまう。緊急連絡先の防災センターに
電話を架けてもつながらず(役立たず)。うろ覚えの
記憶で、大手警備会社のS社かA社か、PCで電話
番号を調べて問い合わせ。S社は自社製の指静脈
認証システムを設けており、「S*」のロゴが見えず、
「日立」製だったことから、消去法でA社。駆け付けた
A社の隊員がカードで開錠して、23時過ぎに脱出。

テーマ : つぶやき
ジャンル : 日記

tag : つぶやき

豊年橋

2023_09_18_豊年橋_1
2023_09_18_豊年橋_2
2023_09_18_豊年橋_3
 高取川は、奈良県を流れる大和川
 水系の河川です。檜隈(ひのくま)川、
 久米川との別名も有り。水源は奈良県
 高市郡高取町の高取城跡といいます
 から、「壺阪寺」の近くでしたか。その
 高取川に架かる「豊年橋」は、「檜隈墓
 (吉備姫王墓)」を離れて、近鉄・飛鳥
 駅に向かっている折に、出合いました。
 何ということもない地味な桁橋ですが、
 西詰に建つ灯籠や道標に目が留まり、
 さらに灯籠の左手(南側)に設置された
 「ほうねん橋の碑」に驚かされます。
 かつて、どれだけ立派な橋だったこと
 やら。道標に「寛政八年(1796)丙辰
 秋九月橋成
」(西面)と刻まれ、北面
 (正面?!)に「ほう称ん橋」、東面には
 「こんかう山ミち(金剛山道)」との
 文字が読み取れます。現在の橋は、
 国道169号の改修に伴い、昭和36年
 (1961)に架け替えられた物。前身は
 寛政8年、明日香村出身にして高取藩
 第9代藩主・植村家長の侍医であった
 服部宗賢が架けた石橋で、その年は
 五穀が大いに実ったとか(⇒豊年)。
 オリジナルの「豊年橋」に使用されて
 いた石材が、「ほうねん橋の碑」に
 流用されており、材質は石英閃緑岩。

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 史跡

ほっとなかよし

古地図や書誌のデータ処理に追われ、
2022_08_23_河合隆三「ほっとなかよし」
2023_01_29_「ほっとなかよし」

明日香村のネタを持ち出すまでもなく、
箸休め。「夫婦橋」自体の謎は今なお
追究している歴史探偵なのですけれど、
平成の夫婦橋”南詰の西側に設置
された顕彰碑の左側に在る彫刻には、
それこそ、ほっとさせられています。
夫婦橋地蔵尊」よりも “夫婦”らしい
造形ではありませんか。温かな雰囲気、
タイトル?!「天神天満 ほっとなかよし
から予測できたとおり、河合隆三(1935
~)
の作品でありました。平成11年
(1999)から夫婦橋が復元されたのを
踏まえ、平成13年(2001)4月、「ほっと
なかよし」像が完成し、大阪市に寄贈
されたようです。地元・大阪天神橋三
郵便局
風景印(右上画像)に採用
されていたりするのも、実は凄いこと! 

参考文献:天神橋三丁目商店街振興組合・編『天神橋筋繁昌商店街』(東方出版)

テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 美術史跡

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歌わない詩人、喰えない物書き。
たまに「考える人」、歴史探偵。
フードビジネス・コンサルタント
(自称)。
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