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五大力(3)

元文2年(1737)の曽根崎新地の“五人斬” です
が、実際の下手人は薩摩藩の武士・早田八右衛門
殺された髪洗女(湯女)の名は菊野でした。薩摩の
武士の痴情沙汰という一点から、一般庶民の空想力は
横滑りしていきます。近世初期、薩摩の侍・源五兵衛
おまんの情話を歌う俗謡、「高い山から谷底見れば
おまん可愛や布さらす」という “源五兵衛節” が流行
していたのでありました。おまん源五兵衛は心中した
(らしい)とのことですけれど、とにかく、薩摩の色男=
源五兵衛
というコモン・センスらしきものが出来上がり、
それを基にして、井原西鶴の「恋の山源五兵衛物語
(in 『好色五人女』)、近松門左衛門 『薩摩歌』が成立
します。前者は貞享3年(1686)刊行、後者は宝永元年
(1704)頃の初演。“五人斬”の実話系ベースに、先行の
源五兵衛節の流れを合わせれば、寛政4年(1792)の
『五人切五十年廻』の登場人物名、菊野・源五兵衛・
三五兵衛が現れます。近松 『薩摩歌』に出てくる菱川
源五兵衛
笹野三五兵衛から連想を利かせた訳です。
元々の五人斬事件には全く無縁の “三五兵衛” という
新たに加わった役名を踏襲することにより、並木五瓶
『五大力恋緘』における 「五大力」⇒「三五大切」への
書き換えというギミックが大成功するのですね……いや、
「三五大切」と書きたいがために、三五兵衛を登場させた
と言った方が正しいのかもしれません。大坂と京都での
上演時は、芸子菊野・笹野三五兵衛・勝間源五兵衛
という役名が(「勝間」は薩摩を仄めかす)、江戸では
菊野が芸者小まんに書き改められました。ローカルな
実在人物名より、 “源五兵衛節” の知名度を採ったか。

参考文献:松崎仁『五大力恋緘』(講談社学術文庫)
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テーマ : 伝統芸能
ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 演劇

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歌わない詩人、喰えない物書き。
たまに「考える人」、歴史探偵。
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