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納豆箸牧山鉄斎

札幌生まれの東直己(1956年〜)は、2001年に発表した『残光』で第54回日本推理作家協会賞を受賞するなど、ハードボイルド作家として活躍している。短編『納豆箸牧山鉄斎』では、納豆箸にまつわる奇想が遺憾なく発揮される。

牧山鉄斎は目覚めた。魂を吹き込まれたのだ。彼は、一膳百円の小豆色の塗り箸である。箸は箸立てに立てられた時に、魂を得て、同時にそれぞれの名と箸族の記憶を受け継ぐのである。箸族の記憶は、箸のためにあるのではない。箸は、人間の視点で世界を認識し、そして人間に仕えるために、この記憶を持つことになっている。箸は、切ないほどの真心をこめて、人間に仕える。

このような世界観、「箸族の記憶」という設定の下、4人から構成される佐藤健一家に“新参者”として加わった牧山鉄斎の悲喜劇が描かれる。4人家族の佐藤家だが、既に各人それぞれに仕える箸が4膳あり、来客用の箸も間に合っており、何のために魂を吹き込まれたのか不安を覚える牧山鉄斎に告げられた真実は、「納豆箸」の勤めであった。箸同様に魂を持つ鞘つきの果物ナイフが、牧山鉄斎の前任者「秀じい」の最期を語る。

佐藤様御食卓では、毎朝“生活協同組合市民生協コープさっぽろ”の特選中粒大豆使用の中粒納豆“おかわり”が供される。この納豆は粘りが強い。また、佐藤健一様は納豆の粘りを好み、大切になさる方である。東海林さだお様の御コラムを読み、最大限の粘りを出すように工夫して、納豆をかき混ぜられる方である。四日前の朝、秀じいは“おかわり”をかき混ぜているさなか、ポキリと折れた。

皆が嫌がり、恥ずかしがる納豆箸という使命を割り当てられた牧山鉄斎の苦悩は、他の箸らとの対話を経て、箸という存在を創造した人間への理解と敬愛の念に導かれるのだった。「今、私は、心から歓喜に包まれて、納豆箸になります」と決意を新たにする牧山鉄斎の姿が大まじめであればあるだけ、おもしろく、やがて悲しい納豆文学である。

参考文献:東直己『ライダー定食』(光文社文庫)
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