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夜の稲荷売り

小説家・池波正太郎(1923〜1990年)の代表作である『鬼平犯科帳』には、江戸の町の季節感を表現するために数々の食べ物が描かれている。豆腐業界などの関連では、白魚と豆腐の小鍋だて、菜飯と田楽、餡かけ豆腐、蒟蒻の白和え、蒟蒻の煮しめ……など。

『鬼平犯科帳』から、池波ファンの佐藤隆介氏がえり抜きの美味を取り上げて、解説と料理法を記したのが『池波正太郎・鬼平料理帳』であり、巻頭には池波の語り下ろし「江戸の味」が収録されている。そして、そこには小学校卒業後、奉公に出て、やがて株式仲買店に勤めた池波の少年時代が、夜中に売りに来る稲荷鮨(いなりずし)を買い食う光景が記されている。

ぼくらが株屋の小僧時代には、夜中に稲荷鮨を売りに来たね。夜食に買って食べたよ。まだ、ろくに小遣いもない時分にね。いまの稲荷鮨なんか問題にならない。うまいですよ、それは。米がいいし、油揚げいいし、醤油がいいんだから。独特の呼び声を掛けて売りに来るんだよ。そうすると、住込みの店員がみんな二階からざるを降ろして、そこへ稲荷鮨を入れてもらって、スーッと引き上げるわけだ。稲荷鮨っていうのは明けがた近くまで売っているんだよ。場所によってね。

当時(1930年代後半)は「明けがたまで、何かしら働く人がいたりして、いろいろな商売が夜っぴてあったわけです」と池波は述懐している。ちなみに『鬼平犯科帳』の時代から稲荷鮨はあったようだが、「握り鮨」の登場はもう少し後のことである。夜の稲荷売りの風情は、映画のシーンにも定着しているようだ。

それは溝口健二監督の映画『残菊物語』を観ればわかる。だいたい夏の午前三時頃、六代目菊五郎が赤ん坊で、乳母のお徳があまり暑くて赤ん坊が泣くものだから抱いてね、築地の河岸のところへ涼みに出る。そこへ菊之助が帰って来るときに『いなァりさん……』という呼び声が聞こえるんだ。

参考文献:佐藤隆介編『池波正太郎・鬼平料理帳』(文春文庫)
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たまに「考える人」、歴史探偵。
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