どじょう豆腐
小説家、吉行淳之介(1924〜1994年)が子供のころに読んで記憶に焼き付いた話として、どじょう豆腐を挙げている。
少年倶楽部で読んだ話だが、若い衆が集まって、どじょう鍋をしようということになった。各人いろいろと持ち寄ったとき、豆腐を一丁持ってきた男がいた。鍋から少し湯気が上りかけたころ、その男は豆腐を切らずに四角いままで鍋に入れたが、間もなく急用をおもい出した、といって、その豆腐を持って帰ってしまった。「トウフの一丁くらい……、ケチなやつだなあ」と言い合っていたが、やがて煮立った鍋の蓋を開けてみると、ドジョウが一匹もいない。みな唖然とした。(中略)要するに、鍋の水が熱くなってきたので、ドジョウがつめたい豆腐の中にみんな潜りこんでしまい、そういう豆腐を持ってその男は帰ってしまった、という種明しになる。
ところが、この吉行が記したどじょう豆腐について、匿名の投書で「あれは『泥鰌地獄』という名で昔から流布された幻の料理なのです。泥鰌が豆腐の中にもぐり込むというのは虚構のことなのです」とのクレームがつけられた。そこで吉行は夕刊フジの編集部に頼んで事の真偽を調べてもらい、同編集部は通称「駒方どぜう」と呼ばれる店の主人に尋ねてみた。
熱いナベの中に豆腐とドジョウを入れると、ドジョウが暴れすぎるのでもぐりこまれた豆腐が毀れてしまう。また、ナベの水をしだいに熱くすると、ドジョウがぐったりしてしまうのか、豆腐にもぐりこまない。しかし、賀陽宮が昔その料理を食べたという話を聞いたことがあるし、北陸地方にその料理がある、とも聞いている。そこで考えられることは、まずドジョウをまるごと煮て味をつける。つぎに豆腐に穴をあけてそこへ突っこみ、あらためてナベに入れて味つけする、としか考えられない。
この店主の返事を紹介した上で、吉行は投書の内容が正しいと考えてよいと断を下し、「それにしても、しだいに熱くなってゆくナベの中のドジョウが、あとから入れた豆腐にもぐりこむという話は、眼に浮ぶようによくできている。その後、異説も出てきたが、もう面倒くさい。それは机上の空論と断定しておくことにしよう」とエッセーを結んでいる。
参考文献:吉行淳之介『ダンディな食卓』(角川春樹事務所)
少年倶楽部で読んだ話だが、若い衆が集まって、どじょう鍋をしようということになった。各人いろいろと持ち寄ったとき、豆腐を一丁持ってきた男がいた。鍋から少し湯気が上りかけたころ、その男は豆腐を切らずに四角いままで鍋に入れたが、間もなく急用をおもい出した、といって、その豆腐を持って帰ってしまった。「トウフの一丁くらい……、ケチなやつだなあ」と言い合っていたが、やがて煮立った鍋の蓋を開けてみると、ドジョウが一匹もいない。みな唖然とした。(中略)要するに、鍋の水が熱くなってきたので、ドジョウがつめたい豆腐の中にみんな潜りこんでしまい、そういう豆腐を持ってその男は帰ってしまった、という種明しになる。
ところが、この吉行が記したどじょう豆腐について、匿名の投書で「あれは『泥鰌地獄』という名で昔から流布された幻の料理なのです。泥鰌が豆腐の中にもぐり込むというのは虚構のことなのです」とのクレームがつけられた。そこで吉行は夕刊フジの編集部に頼んで事の真偽を調べてもらい、同編集部は通称「駒方どぜう」と呼ばれる店の主人に尋ねてみた。
熱いナベの中に豆腐とドジョウを入れると、ドジョウが暴れすぎるのでもぐりこまれた豆腐が毀れてしまう。また、ナベの水をしだいに熱くすると、ドジョウがぐったりしてしまうのか、豆腐にもぐりこまない。しかし、賀陽宮が昔その料理を食べたという話を聞いたことがあるし、北陸地方にその料理がある、とも聞いている。そこで考えられることは、まずドジョウをまるごと煮て味をつける。つぎに豆腐に穴をあけてそこへ突っこみ、あらためてナベに入れて味つけする、としか考えられない。
この店主の返事を紹介した上で、吉行は投書の内容が正しいと考えてよいと断を下し、「それにしても、しだいに熱くなってゆくナベの中のドジョウが、あとから入れた豆腐にもぐりこむという話は、眼に浮ぶようによくできている。その後、異説も出てきたが、もう面倒くさい。それは机上の空論と断定しておくことにしよう」とエッセーを結んでいる。
参考文献:吉行淳之介『ダンディな食卓』(角川春樹事務所)
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