鬼平と蒟蒻
池波正太郎(1923〜1990年)の『鬼平犯科帳』には、江戸の町の季節感を表現するために数々の食べ物が描かれているが、「蒟蒻の白和え」や「蒟蒻の煮しめ」など、こんにゃくが描かれているシーンも多々ある。まずは『権兵衛酒屋』から蒟蒻の白和えを紹介しよう。
「有合せ一品のみ」の、その一品は蒟蒻であった。短冊に切った蒟蒻を空炒にし、油揚げの千切りを加え、豆腐をすりつぶしたもので和えたものが小鉢に盛られ、運ばれて来た。白胡麻の香りもする。一箸、口をつけた平蔵が目をあげたとき、奥の板場との境に垂れ下っている紺のれんのところにいた女房と、目と目が合った。平蔵が、さも「うまい」というように、にっこりとうなずいて見せると、女房の目が微かに笑ったようだが、依然、口をきこうとはせぬ。
続いて『逃げた妻』から蒟蒻の煮しめ——。
「ゆるせ」 平蔵は茶店へ入り、あたりを見まわした。変哲もない茶店である。荷馬を外に繋いだ中年の馬方が一人、土間の腰かけで酒をのんでいた。平蔵は、茶店の老婆に酒をたのみ、塗笠をぬぎ、馬方から少しはなれた腰掛けにかけた。老婆がぶつ切りにした蒟蒻の煮たのを小鉢へ入れ、酒と共に運んで来た。唐辛子を振りかけた、この蒟蒻がなかなかの味で、「うまい」 おもわず平蔵が口に出し、竈の傍にいる老婆へうなずいて見せると、老婆は、さもうれしげに笑った。皺は深いが、いかにも人の善さそうな老婆だ。
筋金入りの池波正太郎ファンである佐藤隆介氏は、空炒りし、適当な長さに切りそろえた糸こんにゃくをごま油で炒め、酒としょう油で味付けした「蒟蒻の炒煮」も紹介しているが、これも煮しめ同様に七味唐辛子で仕上げる。
参考文献:佐藤隆介編『池波正太郎・鬼平料理帳』(文春文庫)
「有合せ一品のみ」の、その一品は蒟蒻であった。短冊に切った蒟蒻を空炒にし、油揚げの千切りを加え、豆腐をすりつぶしたもので和えたものが小鉢に盛られ、運ばれて来た。白胡麻の香りもする。一箸、口をつけた平蔵が目をあげたとき、奥の板場との境に垂れ下っている紺のれんのところにいた女房と、目と目が合った。平蔵が、さも「うまい」というように、にっこりとうなずいて見せると、女房の目が微かに笑ったようだが、依然、口をきこうとはせぬ。
続いて『逃げた妻』から蒟蒻の煮しめ——。
「ゆるせ」 平蔵は茶店へ入り、あたりを見まわした。変哲もない茶店である。荷馬を外に繋いだ中年の馬方が一人、土間の腰かけで酒をのんでいた。平蔵は、茶店の老婆に酒をたのみ、塗笠をぬぎ、馬方から少しはなれた腰掛けにかけた。老婆がぶつ切りにした蒟蒻の煮たのを小鉢へ入れ、酒と共に運んで来た。唐辛子を振りかけた、この蒟蒻がなかなかの味で、「うまい」 おもわず平蔵が口に出し、竈の傍にいる老婆へうなずいて見せると、老婆は、さもうれしげに笑った。皺は深いが、いかにも人の善さそうな老婆だ。
筋金入りの池波正太郎ファンである佐藤隆介氏は、空炒りし、適当な長さに切りそろえた糸こんにゃくをごま油で炒め、酒としょう油で味付けした「蒟蒻の炒煮」も紹介しているが、これも煮しめ同様に七味唐辛子で仕上げる。
参考文献:佐藤隆介編『池波正太郎・鬼平料理帳』(文春文庫)
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