大豆ぬすみ

ユダヤ教やキリスト教などの西欧社会の厳格な一神教とは無縁の、緩やかで汎神論的な世界にたゆたっている日本では、いかなるモラルが要請されるべきだろうか。大陸から渡来した仏教や儒教道徳も、わが国においては骨抜きにされ、強い倫理的規範としては作用しなかった印象しかない。良い意味でも、悪い意味でも、適当な国なのだろう。

懐かしい話だが、ルース・ベネディクトは『菊と刀』で、倫理基準を内面化した西欧文化を「罪の文化」と規定し、対する日本を「恥の文化」と名付けた。内的な原罪観念を持たない日本人は、世間体や外聞だけを気にし、拘泥していると穿った訳だ。しかし、狭苦しいムラ意識や党派根性を補正するために、昔の人たちは「お天道さまが見ている」みたいな言い方を漠然としてきたような気もする。自然に宿る八百万の神々に、やんわりと価値判断を委ねる風情が感じられないか。

見ているのは太陽だけではない。月だって見ている。『通俗仏教百科全書』は古くから伝わる説教話を集め、明治時代に編纂された書物。主に、大説教師・大行寺信暁が行った説教話が収められているようだ。その第3巻第45に「大豆ぬすみ」が位置する。

百姓・佐平の家は貧しく、夫は他国へ出稼ぎに行ったきり、帰って来ない。残された妻は3歳になる子供を抱え、賃仕事などを請け負うが、生活は貧苦を極める。貧すれば鈍するのか、皆が寝静まる丑三つ時に、親子は大豆畑へ忍び入り、大豆を盗もうとする。母親は子供に「あなたに食べさせようと思い、大豆を盗みに来たの。あなたは道に立って、誰か来ないか、見ていなさい」と言うと、畑の中へ入ると大豆のさやをむしって、袂の中に押し込んだ。
大豆雑学(201108)

用を終えた母親が小声で見張りの子供に「誰も来なかったかい?」と聞けば、「誰ひとり来ないよ。お月さまが見ているだけ」との返答。

この言葉が胸にこたえた。母親はむしり取った大豆のさやを両袖に入れたまま、子供の手を引いて、大豆畑の所有者を夜分に訪ねる。起き抜けの主人に盗みの一部始終を白状し、「人は見ていなくても、天の日月が見ていることを恐れない心の在り方こそ恐ろしい」と懺悔の涙を流した。ひれ伏す母親の姿を前に、畑の持ち主も自分自身の心の内を省みて、「盗んだ豆は子供に与えてください」とお願いした。

子供とは何者か—-天は直接言葉でもって語らないから、人の口を借りたのではないか。母親とは何者か—-子供のたった一言によって悪心を改めるとは、まさしく仏法に帰依する善女人ではないかと、彼も悟ったのだ。ばれなければよいのではない。(人間以外の)何者かは常に見ているのである。

参考文献:長岡乗薫編『通俗仏教百科全書』(開導書院)
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通りすがりの夢想家。元(にして最後の)「トーヨー新報」編集人。現在は、一介の編集素浪人?



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「トーヨー新報」は、昭和33年(1958)創刊。大豆加工品(豆腐・油揚げ、納豆、豆乳、湯葉、凍り豆腐、もやし等)、こんにゃく、総菜業界をメイン購読者層に、月3回の旬刊紙「トーヨー新報」や業界関連データブック『豆腐年鑑』を発行。平成25年(2013)12月21日号、第1851号をもって終刊に至る。

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