斎藤茂吉とこんにゃく

歌人でありつつ、精神科医でもあった斎藤茂吉は、明治15(1882)年に生まれ、昭和28(1953)年に亡くなっている。作家の北杜夫は二男、昨年末に逝去した医師で随筆家の斎藤茂太は長男に当たる。歌人としては伊藤左千夫に師事し、アララギ派の中心人物として活躍した。

その斎藤茂吉、生地は山形である。山形といえば、こんにゃくの消費量において他の都道府県の追随を許さず、日本一を誇っているのだが、斎藤茂吉の幼い時代もそうであったのか。それとも長じてから、関東近郊の旅先で目に触れたこんにゃくに感興を催されたのか。茂吉はこんにゃくをいくつかの歌に詠み込んでいる。

旅をきてかすかに心の澄むものは一樹のかげの蒟蒻ぐさのたま

こんにゃくの茎の青斑(あおふ)の太茎をすぽりと抜きて声もたてなく

伊賀出身の俳聖・松尾芭蕉(1644〜1694年)は、こんにゃく好きが高じたあまり、たびたび句の題材としていることについて、以前にも触れたことがある。しかし、芭蕉が描いたこんにゃくが専らに食品としてのこんにゃくであったのに対し、茂吉が取り上げるのは植物としてのこんにゃくである。

定型の短詩形式の中に、生々しく、的確な描写でこんにゃくを捕らえている。こんにゃくの太い茎に入った青い斑点に見入りながら、「すぽりと」抜く肉感性に、こんにゃくの原産地がインドシナであることに思いをはせるのは飛躍し過ぎだろうか。樹の陰にひっそりと潜んでいたものは、グロテスクに見えないこともないこんにゃく玉だったのか。荒々しい情熱をこんにゃくの形象の下に押さえ込んでいるかのようだ。

日焼畑いくつも超えて茎太のこんにゃく畑にわれ入りにけり
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通りすがりの夢想家。元(にして最後の)「トーヨー新報」編集人。現在は、一介の編集素浪人?



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「トーヨー新報」は、昭和33年(1958)創刊。大豆加工品(豆腐・油揚げ、納豆、豆乳、湯葉、凍り豆腐、もやし等)、こんにゃく、総菜業界をメイン購読者層に、月3回の旬刊紙「トーヨー新報」や業界関連データブック『豆腐年鑑』を発行。平成25年(2013)12月21日号、第1851号をもって終刊に至る。

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