欄干橋/旧四十三銀行
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橋の一つとして、「昭和橋」を紹介
したこともありますが、今回は
「欄干橋」……これも同名の橋が
全国各地に散見されそうです。
紀州街道上に位置しており、別の
呼び名もありましたが、天保年間の
地図には「欄干橋」と記載されて
います。擬宝珠や欄干を持つ石橋が
岸和田藩では貴重な存在でして、
往時は道路元標ともされていました。
昭和11年(1936)6月に竣工した
欄干橋は、鉄骨アーチ型(橋長6間・
橋幅3間)といわれるも、欄干しか
残されていない現状、想像が厳しく。
欄干橋の南西に建つのが、辰野式
(赤煉瓦と花崗岩の組み合わせ)な
「旧四十三銀行」。大正8年(1919)
竣工で、設計者は不明。辰野金吾(1919年にスペイン風邪で死亡)の影響を受けた、
金吾より若い世代の作という気がします(ちょっと、盛り過ぎ)。内部は柱が1本も無い
吊り天井ですが、「成協信用組合」岸和田支店が営業しており、内部見学は不可。
☆
明治5年(1872)から昭和59年(1879)までの間、国立銀行条例に基づいて
設立された銀行は設立順に番号を付けられていることから、国立銀行は別名
「ナンバー銀行」とも呼ばれていました。43番目に設立されれば「四十三銀行」。
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