蛸坊主に高野豆腐
4代目桂文我(1960〜)は桂米朝一門で、あの桂枝雀(1939〜1999)に入門した噺家。現代では演じられることもまれになった噺を掘り起こすなど、熱心な落語研究家の顔を持ち、「蛸坊主」は先代の文我(1933〜1992)から口移しで習ったという。3代目いわく「一遍も舞台にかけたことはないけど、林家正蔵(1895〜1982、8代目で後の林家彦六)師から習うた」このネタは、生國魂神社の門前に構えた小料理屋の座敷でくつろぐ老僧を中心に、筋が展開する。僧がそこで口にするのはいつも「高野豆腐にお菜の煮た物」ばかり。それも「ほんの少しだけ」と下女に気の毒がられるほど。
近頃出家した輩は内緒で酒や生魚を食べる者も多いと下女はこぼすが、泰然自若と構える僧。「私のような老僧になりますと、食べ物をたくさんいただくことは、却って身体に悪うございます。高野豆腐と、お菜の煮物を少々いただくのが一番でな」と、清廉潔癖な人品を感じさせる(加えて、町衆の楽しむ小咄に興味を示すなど、愛嬌もある)。「人は人、私は私。こちらでは高野豆腐とお菜をいただくだけで十分。それにこちらは、目でおいしくいただくことも、たくさんございますのでな」とも笑う。粗忽な女は、目で高野豆腐を食べるのかといぶかしむのだが、無論そうではない。
「こうして障子を開け放すと、目の前に見事なお池がある。春は桜、夏は藤、秋は萩で、冬は椿と、その時候を目で楽しめます。季節の花を愛でながら、高野豆腐とお菜をいただきますのが、私の一番の幸せでな」。この老僧、豆腐と花に代表される日本の四季を愛してやまない、小料理屋にとっては願ってもない上客なのだ。その真隣の座敷に、柄の悪い4人の出家が乗り込んでいたようで、大声を上げ、下女や店の主に難癖を付け始める。4人の出家は「高野一山の僧侶」を自称し、幼い頃から修行に明け暮れ、生臭物を一切口にしたことがないと告げる。
重ねて、小料理屋自慢の精進料理の出汁に何を使ったか?と問い、主から「鰹節」の一語を聞き取るや、魚類という生臭物を食べさせられ、これまでの修行が無駄になった。責任は小料理屋にある。以後4人の坊主を一生涯養い、面倒を見てもらわねばならないと強弁し、まず生臭物を解禁し、酒を持って来いとのたまう。これを見聞きしていた老僧が「例えば、何かの間違いで刺し身を食しても、これを豆腐と思えば、修行の妨げにはなりますまい」など、やおら仲介に分け入るのだが……といった噺。絵に描いた大岡裁き、胸がすっとする爽快なハッピー・エンドは、生の高座でお聴きくださいませ。
参考文献:四代目桂文我『続・復活珍品上方落語選集』(燃焼社)
近頃出家した輩は内緒で酒や生魚を食べる者も多いと下女はこぼすが、泰然自若と構える僧。「私のような老僧になりますと、食べ物をたくさんいただくことは、却って身体に悪うございます。高野豆腐と、お菜の煮物を少々いただくのが一番でな」と、清廉潔癖な人品を感じさせる(加えて、町衆の楽しむ小咄に興味を示すなど、愛嬌もある)。「人は人、私は私。こちらでは高野豆腐とお菜をいただくだけで十分。それにこちらは、目でおいしくいただくことも、たくさんございますのでな」とも笑う。粗忽な女は、目で高野豆腐を食べるのかといぶかしむのだが、無論そうではない。
「こうして障子を開け放すと、目の前に見事なお池がある。春は桜、夏は藤、秋は萩で、冬は椿と、その時候を目で楽しめます。季節の花を愛でながら、高野豆腐とお菜をいただきますのが、私の一番の幸せでな」。この老僧、豆腐と花に代表される日本の四季を愛してやまない、小料理屋にとっては願ってもない上客なのだ。その真隣の座敷に、柄の悪い4人の出家が乗り込んでいたようで、大声を上げ、下女や店の主に難癖を付け始める。4人の出家は「高野一山の僧侶」を自称し、幼い頃から修行に明け暮れ、生臭物を一切口にしたことがないと告げる。
重ねて、小料理屋自慢の精進料理の出汁に何を使ったか?と問い、主から「鰹節」の一語を聞き取るや、魚類という生臭物を食べさせられ、これまでの修行が無駄になった。責任は小料理屋にある。以後4人の坊主を一生涯養い、面倒を見てもらわねばならないと強弁し、まず生臭物を解禁し、酒を持って来いとのたまう。これを見聞きしていた老僧が「例えば、何かの間違いで刺し身を食しても、これを豆腐と思えば、修行の妨げにはなりますまい」など、やおら仲介に分け入るのだが……といった噺。絵に描いた大岡裁き、胸がすっとする爽快なハッピー・エンドは、生の高座でお聴きくださいませ。
参考文献:四代目桂文我『続・復活珍品上方落語選集』(燃焼社)
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