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耳を売る

パンの“耳”という。いささか業界寄りの話に振らせてもらうと、油揚げの“”ともいう。いずれも食品の端っこを指し、見栄えのよろしくない部分のことである。一般的に売り物としては推奨されていないが、油揚げだけでなく、豆腐のくずや欠けらについても「耳」と呼ばれていたようだ。民俗学の先駆者ともいわれる山中共古(1850〜1928)の記した考証本『砂払』では、豆腐の耳を扱った話を拾うことができる。

『砂払』は、岩波文庫だと副題に「江戸小百科」と銘打たれているように、江戸の市井の風俗・文物を拾い集めるに好適な読み物。江戸時代最後の幕臣だった山中共古が明治の世にあって、200冊に上る洒落本を濫読。往時が偲ばれる一節を自由気ままに抜き書いては、注釈を入れたものである。今回取り上げる個所は、天明8年(1788)と序文にある深川珍話書、タイトルは『評判の俵』とあり、内容は共古曰く「落語の本」のようだ。共古が抜粋した以下の文はまさに落とし噺。

豆腐豆腐※1と呼ども聞附ず。下女腹を立て追かけ出ながら、此豆腐屋は耳がないかといへばとうふや「耳は跡の町で売た」


豆腐のぼてふりである。町内を流し歩く豆腐屋に下女が「豆腐、豆腐」と呼びかけても聞こうとしない。腹を立てて「耳がないのか」と罵れば、豆腐屋が「(豆腐の)耳はさっきの町で売ってきた」とうそぶく。「豆腐の耳」という表現が当たり前のように通用していたからこそ通じるジョークだろう。このネタはよっぽど流行っていたものか、ほとんど同じ話が、あの十返舎一九『東海道中膝栗毛』(1802〜1809)にも見える。

膝栗毛では、豆腐売りが携行する前後の飯台に豆腐を入れ、「豆腐、豆腐はいらんか」と声をかけながら、朝早くから行商に出る。一軒の家から下女が走り出てきて「豆腐屋さん」と声をかけるが、豆腐屋は気付かず行き過ぎてしまう。下女が「これ、豆腐屋さん、耳がないの」と問いかけるまでの流れは一緒。対する豆腐屋の受け答えが「耳はうちにござります」。形が悪くて売り物に適しない(豆腐の)耳は家に置いてきたといったところか。

※1:「豆腐豆腐」の2回目の豆腐は、ユニコード「U+3031」くの字点。〱

参考文献:山中共古『砂払(上)』(岩波文庫)
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