油揚げと内田百閒

夏目漱石の門下に内田百閒がいる。明治22(1889)年に生まれ、昭和46年(1971)年に82歳で亡くなった。鈴木清順監督によって映画化された『ツィゴイネルワイゼン』の原作「サラサーテの盤」や「冥土」に代表される奇妙な味わいの幻想短編小説と、独自のユーモアに満ちた鉄道紀行エッセー「安房列車」シリーズなどで知られる小説家・随筆家である。

還暦を過ぎてからの百閒の日常は、黒澤明監督『まあだだよ』にも描かれている。別号の「百鬼園」は「借金」の語呂合わせ。岡山市出身で、生家は造り酒屋。一人っ子で、わがままのし放題だった子供時代から戦中の窮乏生活、晩年に催した様々な食事会を通じて、内田百閒は「食いしん坊」を貫いた。そんな百閒、幼き日の油揚げの思い出。

志保屋の真前の家の裏の空地に、小さな納屋の様な一棟があつて、その中に親子三人の家族が住んでゐた。今考へて見ると、三畳敷の部屋が一つだけあつた様である。そこの子と、暫くの間私は仲よしの友達であつた。いつの間にか、一家族どこかへ行つてしまつたので、今ではその友達の面影も思ひ出せない。

ある日の夕方、その子を誘ひに行くと、御飯を食つてゐるので、外に待つてゐた。辺りに何とも云はれない、うまさうなにほひがした。「かかん、これん、一番うまいなう」とその子が云った。何だらうと思つて、外からお膳の上を覗いて見ると、油揚の焼いたのを食つてゐた。それなり家へ馳け戻つて、私も油揚を焼いて貰って晩飯を食べた。じゆん、じゆん、じゆんと焼けて、まだ煙の出てゐるのをお皿に移して、すぐに醤油をかけると、ばりばりと跳ねる。その味を、名前も顔も忘れた友達に教はつて、今でも私のご馳走の一つである。


その後、衣食に窮した百閒が早稲田の奥の砂利場に隠れ住んでいたころ、隠れ家を訪ねてきた友人をもてなすのに、安価な油揚げを焼いて供したそうだ。酒のさかなにして、その場は「うまい、うまい、こんなうまい物はない」と言って喜んだ友人だったが、別な友人に対して「あの時分は、何を御馳走しろと云つても駄目だから、揚げがうまい、うまいと云つておいたら、いつまでたつても、人の顔さえ見れば、油揚を焼くので弱つちまう」とぼやいていたそうだ。

※内田百閒の「閒」は「門」構え+「月」/U+9592

参考文献:内田百閒『御馳走帖』(中公文庫)
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通りすがりの夢想家。元(にして最後の)「トーヨー新報」編集人。現在は、一介の編集素浪人?



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