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朝湯の前に「一つくんねえ」

柴田流星は明治時代の作家であり、翻訳家。明治44年(1911)に初版の出た『残されたる江戸』で、挿絵を描いたのは江戸川朝歌だが、これは竹久夢二の変名だったことで好事家に知られている。以前は中公文庫でも入手できたものだ。現代ではほとんど忘れられた格好の作家、柴田流星(1879年〜1913年)は、大正に元号が変わった翌年に亡くなっている。小説家、翻訳家以外にも編集者をこなした。

東京小石川(現・文京区)の生まれ。巌谷小波の門下で、木曜会(夏目漱石宅での門下生らの会合)の一員。時事新報社を経て、左久良書房の編集主任となった。どう見たところで典型的な明治人なのだが、その流星自身が在りし日の江戸を懐かしみ、その面影を明治の東京へ重ね合わせて成ったのが、資料性に富む『残されたる江戸』。「納豆と朝湯」と名付けられた章では、江戸っ子と納豆の親密な関係が活写されている。

霜のあしたを黎明から呼び歩いて、『納豆ゥ納豆、味噌豆やァ味噌豆、納豆なつとふ納豆ッ』と、都の大路小路に其聲を聞く時、江戸ッ児には如何なことにもそを炊きたての飯にと思立つては其儘にやり過ごせず、『ォゥ、一つくんねえ』と藁づとから取出すやつを、小皿に盛らして掻きたての辛子、『先づ有難え』と漸く安心して寝衣のまゝに咬え楊枝で朝風呂に出かけ、番頭を促して湯槽の板幾枚をめくらせ、ピリヽと来るのをジッと我慢して、『番ッさん、ぬるいぜ!』、なぞは何處までもよく出来てゐる。

落語にも頻出する「味噌豆」は、炒った大豆に味噌をまぶしたスナック風の食物。文字面からも、納豆と味噌豆を呼び売り歩く納豆売りの声音が聞こえてくるようだ。炊きたてのご飯、藁づとから出したばかりの納豆、掻きたての辛子――と、性急とも取れる江戸っ子の気性にぴったり。食後、そのまんま朝風呂に飛び込む訳で。

この後、熊さん八公のような江戸っ子の常連客が、熱い風呂に入って茹だりながら、丁々発止の掛け合いを始める。サゲは「肚の綺麗なわりに口はきたなく、逢ふとから別れる迄悪口雑言の斬合ひ。そんなこんなで存外時間をつぶし、夏ならばもう彼これ納豆賣りが出なほして金時を賣りに来る時分だ」と相成る。夏場に納豆売りが扱った商材の「金時」とは、金時かき氷のことだろうか?

参考文献:柴田流星『残されたる江戸』(洛陽堂)
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たまに「考える人」、歴史探偵。
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