山科疏水の橋(4)
「洛東橋」の東詰から左岸の遊歩道を歩きます。
「安祥寺」への参道(非公開なので、そう呼ぶ
のも妙な話なんですけれども)に架かっている
「安祥寺橋」が右上画像です。疏水周辺に
存在する寺院としては最古で、嘉祥元年(848)、
仁明天皇の女御にして文徳天皇の母、藤原
順子(のぶこ)の発願により、入唐僧・恵運が創建
したそうです。美仏も蔵しているようなのですが、
通常は非公開とあれば、橋を眺めるに留めて。
☆
しばらくは、橋も現れないことを確認。山科疏水
(第1疏水)がぐるりと大きく流れを変える――
南へ下がった後に北西へ上がっていきます―
―前に位置するのが、安祥寺舟溜りでして、
水路幅が広がっており、往年は舟頭の休息用、
時間調整、土砂沈降などの目的に使用された
とか。道路の中央線ではないですが、水路の
中央にコンクリートの仕切りのような物が見え
ました。ベンチに座り、おにぎりでも食べましょ。
参考文献:『琵琶湖疏水の歴史散策』(近代京都の礎を観る会)

「安祥寺」への参道(非公開なので、そう呼ぶ
のも妙な話なんですけれども)に架かっている
「安祥寺橋」が右上画像です。疏水周辺に
存在する寺院としては最古で、嘉祥元年(848)、
仁明天皇の女御にして文徳天皇の母、藤原
順子(のぶこ)の発願により、入唐僧・恵運が創建
したそうです。美仏も蔵しているようなのですが、
通常は非公開とあれば、橋を眺めるに留めて。
☆

(第1疏水)がぐるりと大きく流れを変える――
南へ下がった後に北西へ上がっていきます―
―前に位置するのが、安祥寺舟溜りでして、
水路幅が広がっており、往年は舟頭の休息用、
時間調整、土砂沈降などの目的に使用された
とか。道路の中央線ではないですが、水路の
中央にコンクリートの仕切りのような物が見え
ました。ベンチに座り、おにぎりでも食べましょ。
参考文献:『琵琶湖疏水の歴史散策』(近代京都の礎を観る会)
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tag : 橋