平野蒟蒻

その昔、「火回し(火廻し)」という遊びがあったらしい。『広辞苑』(第5版)を引くと、「遊戯の一種。車座になり火をつけた線香・こよりなどを順にまわし、文字鎖の歌をよみ、または尻取りの語、同頭音の物の名などを言いまわし、言い詰まってその火が指に迫って困るのを慰みとする。また、火をまわしているうち、消えた者が芸をする遊び方もある」らしい。

さて、近松門左衛門『心中重井筒』(1707年初演)中之巻の冒頭にも、「火廻し」が使われている場面がある。大坂万年町の紺屋の養子・徳兵衛が深く契ったお房(徳兵衛の実兄の営む六軒町の色茶屋「重井筒」に居る)を含めた面々(お房、さよ、小六、二瀬、仲居、飯炊き、料理人、駕籠かき彦兵衛)で、頭に「ひ」の付く言葉を次々に挙げていく。

引裂紙の捻元結で火廻しを。「ひの字」「日野絹。ふさ様なんと」。「わしは独寝」「アヽいまいまし。緋無垢」「冷酒」「引舟」「火桶」「雲雀」「鵯」「比叡の山の」。「ひの木の枝に」。「そりや鳥刺しか」。「鳥でないぞや身は丙午」。「又ふさ様のいまいまし。男殺そといふことか。こちは祝ふて姫小松」。「緋縮緬解く人目の隙に。鬼も来るなと柊や」「ひよ子」「〓」「一文字」「エイしやらくさい」。二瀬、仲居も小差出。飯炊きは来て「火吹竹」。料理人迄「冷し物」。駕籠の彦兵衛「膝頭」。「柄杓」「緋緞子」「蟇」。「平野菎蒻」「菱紬」。「平野屋ゑきやう」「肥後ずいき」。

※「〓」は「魚」偏+「是」。ひしこ

火廻しに参加した各自が自分の職分に関わりのある名を挙げることや、後の運命を暗示してお房がやたらに不吉な語ばかり口にするのはともかく、注目すべきは、もちろん「平野菎蒻」。当時から大阪・平野の名物だったとよく分かる。

現在の大阪市平野区に当たる「平野郷」の歴史は、「平野庄」と呼ばれていた平安時代末期までさかのぼる。近世の平野郷地域は、町人たちの手で制定された15か条から成る町掟「平野衆議定書」の下、堺同様の“自治都市”として発展。平野郷は元禄、宝暦時代の頃から有名な蒟蒻玉の産地だったが、この平野蒟蒻が近年、「京政食堂」(同区平野本町)において復活している。ヒジキ、ニンジン、胡麻、銀杏入りで、特製の辛子酢味噌で頂く。

参考文献:近松門左衛門『曾根崎心中・冥途の飛脚 他五篇』(岩波文庫)
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