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豊崎神社御由緒

三が日も平常運転。初詣でとは関係なく、出勤途次、
露天神社」境内を通る際、甘酒だけを飲みました。
年越し蕎麦も食べてないことに気付き、前日訪れた
豊崎神社」(大阪市北区豊崎6丁目6-4)の由緒を
下に記し、孝徳天皇のことなどを想像してみます。
       ☆
当社ハ孝徳天皇ノ御旧蹟ニシテ日本書記ニ大化元年
冬十二月都ヲ難波長柄豊崎ニ遷ストアリ
其後一條天皇正暦年中藤田重治ナル人
孝徳天皇故宮ノ湮滅 センコトヲ恐レ林中ニ祠ヲ
作リ皇蹟ヲ崇敬追拝シ奉ル是則豊崎神社創祀デアル

       ☆
第66代天皇となる一条天皇の頃、正暦(しょうりゃく)という
元号は990年から995年の間となります。難波長柄豊崎宮
(=難波長柄豊碕宮)、いわゆる「前期難波宮」の遷都が
大化元年(645)、朱鳥元年(686年)に全焼。聖武天皇
時代に遷都が行われた「後期難波宮」にしても、紫香楽宮
遷都が行われた天平17年(745)まで。何故、(約250年~)
300年以上も経て、祠が造られたのか? 何故、現在地で
あったのか? 当初の難波長柄豊崎と、難波宮の位置は
異なるのではないか? そもそも、孝徳天皇を祀り始めた
藤田重治とは一体、何者なのか? 調査が必要ですよね。
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テーマ : 史跡
ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 史跡

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歌わない詩人、喰えない物書き。
たまに「考える人」、歴史探偵。
フードビジネス・コンサルタント
(自称)。
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