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関一と鴈治郎

小ネタがふんだんに盛り込まれていて、目移りしてしまう
昭和43年(1968)9月1日発行の『大阪百年』(毎日新聞社)
から、嗚呼、そういう年だったのか! 慨嘆した文章を引用
してみましょうかね。点(年号)と点の羅列でなく、一本の線
としてつながり、広がりを持ち、一つの時代が浮かび上がって
くるように思えたのです。「(初代)鴈治郎の死」という一節。
       ☆
 ちょと信じられないような話だが、昭和十年(1935)二月一日未明、歌舞伎俳優の初代・中村鴈治郎(1860~1935)が死んだとき、大阪毎日も大阪朝日も争って号外を発行した。新聞に号外を出させた役者は、あとにもさきにも、この鴈治郎だけである。ちょうどこの日は“御堂筋と地下鉄の関市長(1873~1935)”の市葬が午後から天王寺公園で行われており、号外を手にした市民の心は暗かった。
       ☆
 鴈治郎の芸は、こってりした大阪の味だった。上方歌舞伎の伝統だった写実精神をさらに一歩推し進め、ことごとに写実的表現にこだわった。血ノリのついたワラジをはいたり、牛のハク製を引っぱり出したり(このハク製は急ごしらえ。その悪臭に“牛の足”役が吐くさわぎで、さすがの鴈治郎もひっこめた)、どの芝居にも工夫をこらした。谷崎潤一郎(1886~1965)などは「コセコセ、ゴテゴテして、まるでアンコロ餅の“塩から”のようだ」とこきおろした。
       ☆
初代中村鴈治郎の舞台生活は六十三年間におよび、その存在があまりに大きくはなやかだったため、死後の関西歌舞伎はまるで火の消えたようになった。
       ☆
昭和7年(1932)、5.15事件
昭和8年(1933)5月20日、地下鉄1号線(御堂筋線)の梅田駅(仮)開業。
昭和10年(1935)10月6日、梅田駅本駅が開業。
昭和11年(1936)、2.26事件
昭和12年(1937)5月11日、御堂筋(街路)が竣工。日中戦争開始。
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テーマ : 読書記録
ジャンル : 小説・文学

tag : 演劇小説

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たまに「考える人」、歴史探偵。
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