旧桜宮公会堂(再掲含む)

夏も終わりかな、と思い始めて、8月30日(火)、2016_08_30_大川
予約を入れていた「旧桜宮公会堂」の
ビア・ガーデンに出掛けました。
国指定重要文化財である同公会堂は、
婚礼会場やレストランとして有効活用され、
夏場はビア・ガーデンも開催されているのです。
大阪最古の文化財”を眺めながら、
ビールを呑む――最高ではありませんか。

旧桜宮公会堂は現在、大阪の大蔵省造幣局
国道1号を挟んだ敷地内に在ります。
国道1号が設けられる前は、造幣局の敷地としてつながっていたことになりますが、
現在はこの「桜之宮公園」泉布観地区に、「泉布観」と並んで建っています。
鉄骨鉄筋コンクリート造 地下3階建て、延べ床面積1,000平方mの建築物。
建物本体は、1935年に「明治天皇記念館」(後に「聖徳館」と改称)として建設。
その際、老朽化のため取り壊されていた造幣寮(現・造幣局)の金銀貨幣鋳造所の
正面玄関の保存石材が、同記念館に移築されたのでした。

2016_08_30_旧桜宮公会堂 この正面玄関を設計したのが、並び建つ
 「泉布観」と同じく、外国人技師、トーマス・
 ジェームズ・ウォートルス
(1842~1898)
 ポーチには、6本の青竜山石の列柱が並び、
 屋根は銅板葺きの切り妻造り、
 玄関扉の両脇の窓はアーチ型です。
 1871年に竣工された当時のままとあり、
 大阪府最古の洋風建築として
 重要文化財の指定を受けているのです。

同じタイミングで国指定重要文化財となった泉布観と異なり、
明治天皇記念館(の名称)の変遷は激しいものです。
昭和23年(1948)、「桜宮公会堂」と改称。
1950年、2階に大阪市立図書館(桜宮図書館)が移転。
昭和31年(1956)の国重要文化財指定を経て、1980年には図書館撤退。
昭和59年(1984)、学校教育の振興施設「ユースアートギャラリー」として改装、
平成19年(2007)に同ギャラリー廃止。リノベーション後、
婚礼施設兼レストラン「旧桜宮公会堂」の開業が、平成25年(2013)となります。

当日は台風12号が去ったばかりで、夕刻は風が強くて、
紙皿やプラ・コップが吹き飛ばされたり、カセットこんろの火勢が弱まったり、
(隣のテーブルでは火が食器入れに燃え移ったりしていました!)
BBQの肉質が今いちかな? 野菜が少ない、酒類が多くない……と
いろいろありましたが、それもまたよし。些細なトラブルは日々のスパイス。
大川を渡る夜風に涼み、ライトアップされた近代建築の名作を間近に
呑めるシチュエーションだけで大満足なのでした。夏の終わりに乾杯!

2014年11月21日の「日記」より

本日は、午後から大阪市教育委員会の
「大阪の歴史再発見」講座、第2回
「近代大阪の幕開け ―泉布観内部公開―」に出掛けるぅ。
文化財保護担当学芸員の解説を聴きながらぁ、
通常は一般公開されていなぃ泉布観を訪問して、観察?!だぁ。
前から、この建物についての講演を聴きに行ったりぃ、
文章をしたためたりぃ、また道路を挟んで泉布観の前には
「桜の通り抜け」で親しまれている造幣局があったりぃ、
何といぅか、めちゃくちゃ、勝手に親しんでいる近代建築でござるぅ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%89%E5%B8%83%E8%A6%B3

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テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 近代建築 呑む

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簡単に記すと――。

「明治天皇記念館」⇒「聖徳館」⇒「桜宮公会堂」⇒「ユースアートギャラリー」⇒「旧桜宮公会堂」
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通りすがりの夢想家。元(にして最後の)「トーヨー新報」編集人。現在は、一介の編集素浪人?



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「トーヨー新報」は、昭和33年(1958)創刊。大豆加工品(豆腐・油揚げ、納豆、豆乳、湯葉、凍り豆腐、もやし等)、こんにゃく、総菜業界をメイン購読者層に、月3回の旬刊紙「トーヨー新報」や業界関連データブック『豆腐年鑑』を発行。平成25年(2013)12月21日号、第1851号をもって終刊に至る。

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