広目天が好き

仏教における四天王のうち、ぼくは広目天を崇敬しているのですが、
西方の守護神で、本尊の左後方を守っていることが多いようです。
ぼく自身が広目天を好く理由は至ってシンプルでして、
筆を持ち、何かを巻物に書き留めようとしている姿が、
物書きのように、いわば“同志”のように感じられるからなのでした。
元来、「広目天」と訳されたのは、「尋常でない眼」「特殊な力を持った眼」
……つまりは“千里眼”を持つと見なされていたからのようですけれども。
       ☆
年頭、四天王寺に詣でた際、宝物館において、杉本健吉の「聖徳太子絵伝」も
鑑賞できた訳なのですが、絵伝の第4面の聖徳太子の肖像を描くのに、
杉本画伯は非常に苦労されたと、かつての講演でも述べておられるようです。
その太子の表情に対して、画伯が参考にしたのが広目天だったのですね。
       ☆
 ある日突如として考えに浮かんだということは少し神秘めきますけれども、秋艸道人会津八一という人がいます。その歌に、
 「吡楼博叉 まゆねよせたる まなざしを
  まなこにみつつ あきののをゆく

 吡楼博叉というのは広目天のことです。一番左にいらっしゃるのが広目天です。
 東大寺の戒壇院へ入りますと、西北隅にいらっしゃるのが吡楼博叉、広目天のことです。広目天は、四つの尊者のうちで、もしもひいきをつけるなら、私は一番好きな人です。好き嫌いを言ってはいけませんが、あえて言えば私は広目天が一番好きなのです。目を細くしまして、現世を見てなくて、現姓
(原文ママ)を超越したはるかむこうを見ているのです。何を見ているかわからない。何かを見つめている。それを秋艸道人は歌ったのです。
       ☆
杉本画伯も(理由は異なりますが)ぼくと同様に、広目天好きでした! 
さらに、絵伝における聖徳太子の表情の表現に推敲を重ねた結果、
広目天のまなざしを援用した述懐が、とても興味深いところです。
聖徳太子が当時の日本の内政ばかりでなく、さらにその遥か向こうまで、
中国の隋であり、仏教であり、すなわち文化に目を向けていたと考えた訳です。
       ☆
 お太子さまのお顔ですが、会津先生の、目を半眼にして遠くを見つめている、隋の国の文化を見てあこがれていらっしゃる。それを日本に取り入れたらなお日本はよくなるだろうと遠いところを見ていらっしゃるお姿だと思っています。
(中略)
 広目天はまゆ毛を寄せています。八の字にしてあります。遠くを見るときに確かになるはずなのです。私はこれをやるのではなくて、目のところにやったのです。そうすることによって、他の絵とは違うような考えを出したのです。

参考文献:『平成二十九年 新春名宝展
       四天王寺絵堂の聖徳太子絵伝―その伝統と革新―』(四天王寺勧学部)
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通りすがりの夢想家。元(にして最後の)「トーヨー新報」編集人。現在は、一介の編集素浪人?



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「トーヨー新報」は、昭和33年(1958)創刊。大豆加工品(豆腐・油揚げ、納豆、豆乳、湯葉、凍り豆腐、もやし等)、こんにゃく、総菜業界をメイン購読者層に、月3回の旬刊紙「トーヨー新報」や業界関連データブック『豆腐年鑑』を発行。平成25年(2013)12月21日号、第1851号をもって終刊に至る。

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