オダサクと十三郎

無頼派三羽烏”の中でも、子供の頃から太宰治は大好きで、
成人するかしないかの頃には、坂口安吾も悪くないなと嵌まりつつ、
他方、どうしても『夫婦善哉』などでこびり付いてしまった
大阪ローカルなイメージのせいで、何かしらの留保付きで
認めることになる織田作之助なのですけれども、実際のところ、
川端康成村上春樹を“関西出身の作家”と限定できない程度に、
織田作之助の作品が普遍性を兼ね備えていることは、近年、
ぼくが周囲に熱く語ってきたところではあります。
そのオダサクと、ぼくがこのところ、詩について(或いは短歌についての
試金石として看過せざる小野十三郎とが接近遭遇していた
時代に触れた文章を見かけましたので、メモ代わりに転記。
       ☆
 昭和十二年(一九三七)頃から、石濱純太郎の妻恭子と近くの医師夫人の錦戸蔦女らが生根神社の神官の堤柏葉と、俳誌『早春』の永尾宗斤の指導で「浅沢句会」をはじめた。
 ここに藤沢桓夫(竹生)、長沖一(一青)、小野十三郎(野鳥)、織田作之助(丈六)、石濱恒夫(苦草)、庄野英二、橋本多佳子、彫刻家の田中主水、菓子司末広堂の斎藤十四楼らも参加していた。ただし小野十三郎は俳句的発想法には害があると言って、一度きりで出席しなくなった。

(高橋俊郎「行き暮れてここが思案の善哉かな」)
       ☆
「俳句的発想法には害がある」と一蹴する十三郎の偏固さが、らしくて、
笑ってしまいました。常々、俳句の描写は、短歌の抒情より散文的
小説に近いのではないか? と考えているぼくなのですが、
十三郎は散文精神を称揚していた一方で、小説はおろか、
散文詩すら書いていないことは、非常に興味深い点かと思われます。

参考文献:オダサク倶楽部・編『織田作之助の大阪』(平凡社)
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通りすがりの夢想家。元(にして最後の)「トーヨー新報」編集人。現在は、一介の編集素浪人?



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「トーヨー新報」は、昭和33年(1958)創刊。大豆加工品(豆腐・油揚げ、納豆、豆乳、湯葉、凍り豆腐、もやし等)、こんにゃく、総菜業界をメイン購読者層に、月3回の旬刊紙「トーヨー新報」や業界関連データブック『豆腐年鑑』を発行。平成25年(2013)12月21日号、第1851号をもって終刊に至る。

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