日本初のプラネタリウム

大阪市立科学館」まで、よくプラネタリウムを観に行くのですが、
その出入り口付近に展示されているプラネタリウム投影機
カール・ツァイス・イェーナ社製「ツァイスⅡ型」)が日本最古、
すなわち、日本で最初に設置されたプラネタリウムであり、
そればかりか、アジアで最初に設置されたプラネタリウムでもある
と、ぼくが知ったのは最近のことです。小松左京の昔語りなどで
耳にしてはいたはずなのですけれども……。織田作之助も当初、
大阪市立電気科学館」に設置されていた同プラネタリウムを
観ており、自身のいくつかの作品の中にも取り入れているようです。
       ☆
 昼でも星が見える劇場・プラネタリウムがわが国で最初に登場したのは昭和十二年(一九三七)のことで、場所は大阪市の中心部・四ツ橋であった。大阪市電気局(現・関西電力の前身の一つ)が電灯事業市営化十年を記念して作った電気科学館の中に電気応用天体照射装置と銘打ったプラネタリウムが設置された。電気科学館は当時としては大変立派な八階建ての高層ビルで(十三階建ての陸軍の防空塔が併設)、一階は電化製品を扱うショップ、二階から五階までは電気関係の展示、六階から八階までがプラネタリウムという構成で、わが国最初の科学館でもあった。
 (中略)
 五二年間活躍した電気科学館は昭和の終りとともに閉館し、そのプラネタリウムは中之島に新設された大阪市立科学館に展示され、今、静かに余生を送っている。
(加藤賢一「佐渡島他吉がみた南十字星」)

参考文献:オダサク倶楽部・編『織田作之助の大阪』(平凡社)
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通りすがりの夢想家。元(にして最後の)「トーヨー新報」編集人。現在は、一介の編集素浪人?



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「トーヨー新報」は、昭和33年(1958)創刊。大豆加工品(豆腐・油揚げ、納豆、豆乳、湯葉、凍り豆腐、もやし等)、こんにゃく、総菜業界をメイン購読者層に、月3回の旬刊紙「トーヨー新報」や業界関連データブック『豆腐年鑑』を発行。平成25年(2013)12月21日号、第1851号をもって終刊に至る。

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