本当にわからないのか?

北詰にかけて、土佐堀川沿いの遊歩道を
「みおつくしプロムナード」と呼んでいます。
前日歩き倒したばかりの中之島へ再び足を
運び、奇妙なループ感。6月24日(土)、
「中之島公会堂」にて同人の月例合評会を
行ったのでした。合評作品と関係が無い
といえば無いのですけれども、
某短歌誌5月号の特集
「わからない歌の対処法」が頭の中にぐるぐる、ぐるぐる居座っていて。
細かい議論は煩瑣にわたるので、別な機会に譲るとして、ぼく個人は「わからない」
というレッテル貼りをして、黙して語らずといった姿勢は取りたくないと願っています。
ぼく個人がよく「わからない」と切り捨てられ、黙殺されるのは慣れているにせよ、
他人に対してぼく自身が同じやり方でやり返すことはしないし、面白くも何ともないし。
考えるに、「わからない」が「わからないけど、理解したいから、説明が欲しい」ならば
次につながる、救いがある、と。対して、「わからない」が「わからないし、わかりたくも
ない。興味も関心も無いから、それ以上の贅言は不要」というのであれば、単なる
思考放棄だし、狭量な宗匠ぶったポーズに過ぎず、相手にする時間がもったいなくて。
共感やら情緒の混濁化を一途に求める人らは、単一な価値観を奉じがちなので注意。
「人間」、「生活」、「幸福」……無自覚な文化ヘゲモニーの押し付けは迷惑極まり無し。
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